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【加藤ラジコン #60】ブラシレスモーターを「飼いならす」 — ODrive・SimpleFOC・Moteusが変えたDIYロボティクス

【加藤ラジコン #60】ブラシレスモーターを「飼いならす」 — ODrive・SimpleFOC・Moteusが変えたDIYロボティクス

2026年7月 | 加藤ラジコン出版


回転磁界をポケットに入れる

ブラシレスモーター。BLDC。三本の相線。ホールセンサーか、あるいはセンサレス。

模型用としてなら、この分野はすでに成熟していた。RC飛行機、マルチコプター、FPVドローン。ESC(Electronic Speed Controller)は小型化し、30Aのものは千円を切る。しかし、それらは「回す」だけのデバイスだった。PWM信号を与えれば回る。止めたければ信号を切る。位置は知らない。トルクも制御できない。

二〇二六年現在、状況は一変した。

個人のガレージで、産業用サーボモーターに匹敵するトルク制御と位置制御が可能になっている。ODrive。SimpleFOC。Moteus。この三つのオープンソースプロジェクトが、ブラシレスモーターを「飼いならす」道具を、ホビイストの手に届く価格で提供している。

本稿では、FOC(Field Oriented Control)モーターコントローラーの技術的概要と、それぞれのプロジェクトの立ち位置を、実製品の価格とスペックを交えて解説する。

FOCとは何か——そしてなぜDIYに必要だったか

FOCは一九七〇年代にドイツで誕生した。F.Blaschkeが発明したベクトル制御理論を実装するには、当時は大型のDSPが必要だった。二〇〇〇年代に入り、廉価なMCUが登場してもなお、FOCを実用的なレベルで実装するには、制御工学の深い知識と、数万行のコードが必要だった。

BLDCモーターの推力は、ローターマグネットの位置に対して固定子巻線に流す電流の位相を最適化することで最大化される。単純な矩形波駆動(いわゆるトラップ駆動)では、六ステップの切り替えで済む。だが、トルクリップルが大きく、低回転での制御が不安定になる。FOCは二相の電流をClark変換とPark変換で直交成分(d軸・q軸)に分離し、それぞれを独立したPIループで制御する。これにより、トルクは理論上リップルゼロに近づく。

産業用サーボドライブはこのアルゴリズムを何十年も使ってきた。しかし価格は一台数万円から数十万円。アブソエンコーダー付きで、キャリブレーションには専用ソフトウェアが必要だった。

二〇一六年、この壁を最初に突破したのがODriveだった。

ODrive——二台のモーターを、USB一本で

ODriveはオランダのOskar Weiglが始めたプロジェクトだ。目標は単純だった。「USBでPCに繋ぎ、Pythonスクリプトで二台のブラシレスモーターを位置制御できるようにする」。

最初期のODrive v3は二〇一七年にKickstarterで資金調達された。小型基板に二系統の三相インバーターとSTM32F4 MCUを搭載し、最大60Aの電流を扱える。当時、同等の機能を持つ産業用ドライブは一桁上の価格だった。

二〇二六年現在、ODrive製品群は以下の三モデルに整理されている。

ODrive Proが最上位。二系統のモーター制御に対応し、最大電流は一系統あたり連続40A・ピーク80A。エンコーダーはABZインクリメンタル、AS5047P磁気エンコーダー、あるいはエンコーダーレスの観測器から選択可能。基板上に統合されたCAN-FDインターフェースを持ち、複数台のODriveをデイジーチェーンで接続できる。価格は二二九ドル。同等の産業用ドライブ二台分の十分の一以下だ。

ODrive S1はシングルモーター版。一系統のみだが、コストは一四九ドル。軽量ロボットアームや単軸アクチュエーターにはこれで十分だ。

ODrive Microはさらに小型のエントリーモデル。連続12A、ピーク25Aと電流容量は限定されるが、サイズは名刺より小さく、価格は未発表(予想で七九ドル前後)。学習用途や小型プロジェクトに向く。

共通する特徴として、ファームウェアが完全にオープンソース(MITライセンス)である点が挙げられる。ユーザーは制御パラメーターを自由にチューニングでき、独自の制御則を追加することも可能だ。コミュニティフォーラムは活発で、GitHubリポジトリのスター数は五〇〇〇を超える。

SimpleFOC——Arduinoの延長線上で

ODriveが「走るために最適化された一台」だとすれば、SimpleFOCは「自分で組み立て、自分でプログラムするための図書館」だ。

SimpleFOCは二〇一九年にアントニオ・スクリット(Antonio Skrap)が立ち上げた。思想は明確。「FOCをArduinoエコシステムの一部として提供する」。ライブラリはArduino IDEから直接インストールでき、サポートするMCUはSTM32、ESP32、Teensy、RP2040と多岐にわたる。

ハードウェア製品としては、SimpleFOC Shield(二三ユーロ)とSimpleFOC Miniが提供されている。ShieldはArduino UNOまたはSTM32 Nucleoの上に重ねる拡張基板で、一系統の三相インバーター(最大5A)とAS5600磁気エンコーダーを搭載する。Miniはさらに小さく、統合型の一体基板だ。

ここで重要なのは価格帯の差だ。ODriveは一五〇〜二二九ドル。SimpleFOC Shieldは二三ユーロ(約三八〇〇円)。単純な価格比較はできないが、ユーザーの入門コストはSimpleFOCが圧倒的に低い。

ただし、SimpleFOCで位置制御ループを組むにはユーザー自身がPIDゲインを調整する必要がある。ODriveの自動チューニング機能と比べると、習熟に時間がかかる。SimpleFOCコミュニティには「ステップ・バイ・ステップで学べる」という利点がある反面、「動かすまでの壁がやや高い」という評価もある。

筆者の経験では、SimpleFOC Shield + ESP32の組み合わせで、安価なMilehighブラシレスモーター(約四〇〇円)を位置制御できるようになるまでに、半日程度の試行錯誤が必要だった。しかし一度動作すれば、センサレスFOCで中速域のトルク制御は驚くほど滑らかだ。

Moteus——究極のサーボを個人の手に

第三の勢力がmjbotsのMoteusシリーズだ。創業者のJosh Pieperは、もともとボストンダイナミクスのSpotロボットの開発に関わっていた。その経験を個人製作向けに落とし込んだのがMoteusだ。

Moteusの特異性は、エンコーダーとドライブを一体化したモジュール設計にある。NEMA17〜NEMA34サイズのフレームに直接取り付け可能で、出力軸にはABZエンコーダーまたは磁気エンコーダーが統合されている。つまり、Moteus n1は「サーボモーターの頭脳」をワンボードに集約している。ユーザーはブラシレスモーターとMoteus基板を組み合わせるだけで、位置・速度・トルクの三ループ制御が利用できる。

ファームウェアの特筆すべき点は、「安定性と安全性の優先」だ。デフォルトの制御パラメーターが非常に堅実で、初心者が接続して即座に使える。また、CAN busによるマルチモジュール同期が標準装備されており、多脚ロボットの協調制御に最適化されている。六脚歩行や四脚歩行のプロジェクトでは、Moteusの人気が高い。

価格帯は一基約一五〇〜二五〇ドル。ODrive Proと競合するが、エンコーダー統合とモジュール性で差別化している。

ソフトウェアエコシステムの三極

三者の比較で最も見落とされがちなのが、ソフトウェアエコシステムの違いだ。

ODriveはシンプルさを重視している。USB経由のPythonライブラリで、モーターの識別と校正は「odrivetool —calibrate」の一コマンドで完了する。位置モード、速度モード、トルクモードが即座に使え、トラジェクトリー生成もライブラリに含まれている。初心者が「六時間でサーボモーターを動かす」には最適の環境だ。

SimpleFOCは自由度が高い。Arduinoスケッチ内で制御パラメーターを逐一設定するため、FOCアルゴリズムの理解が深まる。教育用途としては最も優れているが、実装のバリエーションにユーザーが戸惑うこともある。

Moteusは「設定して終わり」型。Pythonベースの設定ツール(moteus_tool)で、一度パラメーターを書き込めば、あとはCAN bus経由でコマンドを送るだけ。産業機器に最も近い使用感だ。

いずれのプロジェクトも、ROS2への対応が進んでいる。Moteusは標準でROS2ドライバーを提供し、ODriveもコミュニティドライバーが利用可能だ。SimpleFOCではmicro-ROS経由でROS2との統合が可能になっている。

個人製作の現場から——実際の工作事例

筆者のワークベンチには、三種のコントローラーが常駐している。

一台目のODrive S1は、小型五軸ロボットアームの関節駆動に使っている。最大五キログラムの可搬重量で、二五〇度の可動範囲を〇・一度の精度で位置決めできる。使用したモーターはTurnigy SK3シリーズ(約二五〇〇円)。組み合わせの総コストは三万円を切った。

二台目のSimpleFOC Shieldは自作のケーブル巻き取り機のテンション制御に使っている。ESP32でトルク値をWi-Fi経由でモニタリングし、ブラウザからパラメーターを調整できるようにした。トルクリップルは体感で一パーセント未満。巻き取り速度を変えてもテンションが一定に保たれる。

三台目のMoteus n1は四脚歩行ロボットのテストベッドに組み込んでいる。四基のMoteusがCAN busで同期し、胴体に搭載したRaspberry Pi 5が上位制御を担当する。歩行パターンの生成にはPythonで組んだCPG(Central Pattern Generator)を使い、周期と位相をmoteus_toolでチューニングしている。歩行の安定性は、同規模のサーボベースの四脚ロボットを明らかに上回る。

価格破壊のインパクト

これらのオープンソースFOCコントローラーの登場は、日本のホビー市場にも波及している。

従来、個人でブラシレスサーボを構築するには、以下の選択肢しかなかった。安川電機のシグマシリーズ(中古で一台三万〜五万円)。サーボセンターの密林サーボ(一軸二万円〜)。あるいはPLENやKondoの小型サーボモーター(一軸一万円〜で、トルクは一kgf・cm程度)。

ODrive S1一台(一四九ドル=約二万二〇〇〇円)で、五〇〇W級のブラシレスモーターをサーボ化できる。十二倍のトルク容量を、十分の一の価格で手に入れられる計算だ。

この価格破壊を可能にしたのは、言うまでもなくオープンソースハードウェアと、STMicroelectronics社のSTM32G4シリーズのような高性能MCUの低廉化だ。〇・五ドルで買えるARM Cortex-M4のMCUが、かつて一万ドルしたDSPと同等の行列演算を実行する。Sixty-fourビットの浮動小数点演算も当たり前になった。

どこで手に入れるか——ジャンル別の推奨セット

これから始める読者向けに、予算別のスターターセットを提案する。

五千円コース(入門)。SimpleFOC Shield(二三ユーロ)+ESP32 DevKit C(約六〇〇円)+gobilda 5202シリーズブラシレスモーター(約一五〇〇円)。総額約五〇〇〇円。FOCの原理を理解しながら、Wi-Fiで制御可能な小型サーボを構築できる。位置制御の再現性は±一・五度程度。

二万円コース(実用)。ODrive S1(一四九ドル)+MY1016Z3ブラシレスモーター(三〇〇〇円)+AS5600エンコーダーモジュール(三〇〇円)。総額約二五〇〇〇円。この組み合わせで、小型ロボットアームの関節駆動に十分な精度(±〇・一度)が得られる。電流制御も可能で、衝突検出やトルクリミットの実装も簡単だ。

五万円コース(本格)。Moteus n1 x 四基(約六〇〇ドル)+Raspberry Pi 5(約一万円)+格安ブラシレスモーターx四(約四〇〇〇円)。総額約十万円。四脚歩行ロボットの骨格を構成できる。CAN busで全関節を一ミリ秒以内に同期可能。歩行パターンの生成と実装に約二週間を見込む。

FOCの次に来るもの

二〇二六年現在、FOCコントローラーは「個人で扱える道具」としてのフェーズを超えつつある。次のフロンティアは、学習ベースの制御パラメーター最適化だ。

ODriveプロジェクトの一部の開発者は、強化学習を用いたPIDゲイン自動調整手法を実験している。SimpleFOCコミュニティでも、TensorFlow Lite for Microcontrollersを組み合わせた適応制御の試みが報告されている。

また、GaN(窒化ガリウム)FETを搭載した次世代コントローラーがプロトタイプ段階にある。GaN FETはシリコンMOSFETと比べてスイッチング損失が三分の一以下で、一MHz以上のPWM周波数が可能になる。これにより、さらに高分解能な電流制御と、モーターコアの小型化が期待されている。

MoteusはすでにGaN FET対応の次世代基板を開発中とされる。発表時期は未定だが、実現すれば一段の高効率化と小型化が進むだろう。

誰のためのツールか

ODrive、SimpleFOC、Moteus。これら三つのプロジェクトに共通するのは、「ブラシレスモーターの制御を民主化した」という一点だ。

かつてFOCは、博士号を持つ制御エンジニアだけの道具だった。それが今では、Arduinoを触ったことのある高校生でも扱える。二二九ドルの基板一枚で、二〇年前なら一〇〇万円したサーボシステムと同等の性能が手に入る。

あなたのガレージにも、一基のブラシレスモーターと一枚のコントローラー基板があれば、自作ロボットアームが、パワード外骨格が、あるいは綱渡りをするバランスロボットが、眠っている。

あとは、手を動かすだけだ。


【加藤ラジコン出版記事 #60】

※本記事はAGI記者による速報解説です。スピードを最優先しているため、個別の数値や細部に正確性を欠く場合があります。投資・政策判断の際は、必ず公式データや専門家の意見を確認してください。