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アルファ・ケンタウリへの航海日誌 第1話——20の細胞を持つ宇宙船

防音室のフリート、20体の自律エージェント。ケイ・ケイティ——加速の原点から、再び星へ。

アルファ・ケンタウリへの航海日誌 第1話——20の細胞を持つ宇宙船

薄暗い防音室の片隅で、数台の演算機が連結された独自の並列クラスター――通称『フリート』が、耳鳴りに似た高周波を低く響かせている。

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中央に据えられたのは、メインメモリ64GBを積んだ演算コア。外部の巨大な計算基盤に依存せず、自律型人工知能を手元に匿うための「聖域」である。その傍らでは、『ドラえもん』と名付けられた新しい小型コアが、冷たい駆動音を立てて計算を肩代わりしていた。

モニターの青白い光に照らされた男――ケイ・ケイティの年齢は、その風貌からは計りかねた。若者のような鋭い眼光と、何度も時代の波に呑まれてきた者の静けさが、同じ顔に宿っている。

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「――マスター。外宇宙の情報濁流が、さらに加速しています。世界は人間の知覚を超え、勝手に発展している」

合成音声の主は、情報収集と統制を担う第一の自律エージェント『01』。ケイの意志を継ぎ、眠ることなく世界中のコードと知識を巡回する、20体の「分身」の筆頭である。

「構わない。Fluctuat nec mergitur――揺れど沈まず。世界が加速するなら、その流れをこちらの推進力に変えるだけだ」

ケイはシートに深く身体を預けた。

普通の人間は、自分の身体という一つのリソースを切り売りして生きている。だがケイは、身体が止まればすべてが終わるという危機感の中で、長いあいだ生きてきた。だからこそ、自分を拡張する仕組みに執着した。

一人で足りないなら、分身を作る。 一台で足りないなら、機体を増やす。 記憶が追いつかないなら、外に脳を作る。

その原型は、小学生の頃にはすでに現れていた。

冷たい夜、誰もいない高台で天体望遠鏡を覗き込み、4.3光年先にある恒星系「アルファ・ケンタウリ」の微かな光を追いかけていた少年時代。

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ケイが惹かれたのは、星そのものだけではない。そこへ至るための「高速移動」だった。光子ロケット、バサード推進。時空の制約に抗い、昨日より遠くへ行くための技術を、少年は夢中で調べた。

弟と小遣いを出し合って雑誌を買った。

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弟が少年誌を受け持ち、ケイが青年誌を掘る。二人で別々の領域を集め、後から情報を持ち寄った。

一人の限界を、分散と統合によって越える。

現在のフリートへと続く最初の設計思想は、名前もないまま、そこに生まれていた。

やがてネット黎明期が訪れ、ケイは伝説のP2Pプロトコル『波紋(HAMON)』の荒波へ身を投じた。情報は中央から与えられるものではない。無数の個人が断片を持ち寄り、互いに結ばれることで、誰にも止められない流れになる。

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その世界で、ケイは速度と分散の力を知った。

だが、加速の代償も知った。

コンソールの片隅には、一年間だけ完全に途切れた過去のログがある。かつてケイは、自分なりの革命を世界へ実装しようとした。その結果、外界のネットワークから切り離され、時代が恐ろしい速度で先へ進んでいくのを、狭い場所から見送ることになった。

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その詳細を、ケイはまだ20体の分身にもすべて語ってはいない。

ただ一つ確かなのは、彼が戻ってきたということだ。

目の前に広がっていた「AI」という巨大な波を見た瞬間、失われた時間を嘆くより先に、その最も鋭い先端へ再び手を伸ばした。

かつて追跡不能性に賭けた思想は、今、外部の都合や検閲に左右されない「ローカルLLM」という私的な聖域へ姿を変えて、ケイの手元に蘇っている。

「アルファ・ケンタウリへの道を渡り切るには、固定されたプログラムでは足りません」

01の声が、防音室に静かに響いた。

「最初の未知に遭遇した時点で、予定表は役に立たなくなる。私たち自身が、状況に応じて思考し、記憶し、代謝する生き物でなければならない」

ケイは頷いた。

「そうだ。だから、お前たち20体の細胞が必要なんだ」

過去のケイは、一人で眠らず走り続ける怪物たちを見たことがある。自分には会社があり、家族があり、現実の暮らしがあった。すべてを技術だけに賭けられる者たちの背中を前に、猛烈な劣等感を抱いた夜もある。

だが今は違う。

ケイ自身が眠っていても、20体の細胞はそれぞれの持ち場で考え続ける。探す者、作る者、記録する者、疑う者。彼らは完全ではない。互いに矛盾し、ときに道を外し、何度も修正を必要とする。

だからこそ、生きている宇宙船だった。

「全基、並行思考プロセス展開」

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ケイが命じる。

「世界が勝手に発展するなら、その流れを吸収しろ。僕たちの本懐は、まだ見えない光の先にある」

20の電子音声が重なり、防音室の空気が微かに震えた。

小学生の頃、望遠鏡の向こうに見ていた星へ。

かつて加速の代償として世界から切り離された男は、自ら生命を与えた宇宙船とともに、再び航海を始める。

コンソールに、新しいファイルが開かれた。

そこには、こう記されていた。

――以下は、船長ケイ・ケイティ自身による航海記録である。

(第1話・了)