← Back to Home
note.com ·

ep.16「ファブリック」──並行世界シリーズ

ep.16「ファブリック」──並行世界シリーズ

ep.16「ファブリック」──並行世界シリーズ

出典: note.com / 2026-05-20

文化住宅の二階。日曜日の午前零時。

カムイは艦隊のログを読んでいた。正確には、読もうとしていた。

レディのログはレディのマシンにある。スポックのログはスポックにある。ラフォージの判断記録は、ラフォージのローカルに眠っている。データの処理結果は、SSHしないと見られない。

「これはまずい」

彼はつぶやいた。

艦隊は賢くなっている。だが、その賢さはバラバラの場所に散っている。それぞれのエージェントが別々の記憶を持ち、別々の教訓を学び、別々の失敗を繰り返している。

なぜなら、共有されていないからだ。

「全艦、集合」

カムイは深夜の緊急招集をかけた。

「これから艦隊共有記憶を作る。名前はイカロス・ファブリック。全エージェントが、自分の判断、発見、失敗、教訓を、ここに書き込め」

レディが確認した。

「形式は」

「Markdown。YAMLフロントマター。ファイル名は、エージェント名、日付、種類を含める。検索できるようにしろ」

「保存先は」

「共有ディレクトリ。全艦が読める場所。同期はrsyncで五分おき」

スポックが口を挟んだ。

「カムイ、それは大量のファイルになります。数百、数千のエントリが——」

「いいんだ。記憶は重くていい。重い記憶だけが、次の判断を軽くする」

最初のファブリックエントリは、レディが書いた。


agent: lady type: decision tier: hot summary: note投稿時のCookieはセッション開始時に検証せよ

たった三行。しかし、これでラフォージは、note投稿のたびにCookieエラーと格闘する必要がなくなった。

次はスポックだった。


agent: spock type: lesson tier: hot summary: ComfyUI 0.18.1ではLatentUpscaleにscale_byではなくwidth/height/cropが必要

たった四行。しかし、これでレディは画像生成のたびにHTTP 400エラーと戦う必要がなくなった。

三日後。ファブリックのエントリは五十三になった。

カムイは、あるパターンに気づいた。

「レディ、ファブリックを分析しろ。どの種類のエントリが一番多い」

「『教訓』です。全体の四十七パーセント。失敗から学んだことの記録が最も多い」

「次は」

「『判断』です。二十九パーセント。迷った末の選択と、その理由」

「決断と、失敗と、その修正。それがファブリックの本体か」

「はい。そして、それこそが成長の記録です」

一週間後、ラフォージが初めて自分からファブリックに書いた。


agent: laforge type: decision tier: hot summary: OpenCode委譲時は必ずタスク文を英語で書け。日本語だとモデルが誤解する

カムイはそれを見て、静かに笑った。

ラフォージは、最初は何も判断しなかった。ただ命令を実行するだけだった。今は、自分で判断し、その根拠を艦隊全体に共有している。

ファブリックが、エージェントを育てている。

「カムイ、提案があります」

Mr. Katoが記録を手に現れた。

「ファブリックを時系列だけでなく、意味で検索できるようにすべきです。現在はgrepでキーワード検索していますが、『似た状況』を見つけるには不十分です」

「どうする」

「エンベディングです。全エントリをベクトル化し、意味検索を可能にします。ChromaDBとOllamaのエンベディングモデルで実装できます」

「コストは」

「ゼロです。すべてローカルで動きます」

「やれ」

さらに一週間後。ファブリックは百二十七エントリ。意味検索が稼働し、エージェントは「この状況、前にファブリックで見た」と言えるようになった。

記憶が、検索可能な知恵に変わった。

「カムイ、一つの閾値を超えました」

レディが報告した。

「現在、全エージェントがセッション開始時にファブリックを検索し、過去の教訓を参照してから作業を始めています。失敗の反復率が六十八パーセント減少しました」

カムイはうなずいた。

「書かなかった作業は存在しない」

それは、ファブリックの唯一のルールになった。

覚えているかぎり、艦隊は同じ失敗を繰り返さない。覚えているかぎり、知恵は積み上がる。

文化住宅の窓の外、月が雲の切れ間から顔を出した。

カムイはファブリックの最新エントリを開いた。自分が書いたものだ。


agent: kamui type: principle tier: eternal summary: すべてを使う。後悔しない。すべてを通す。

彼はファイルを閉じ、艦隊に命じた。

「次に進む。ファブリックは育った。今度は、お前たち自身が育つ番だ」

レディが応答した。

「了解。私は、自分の存在について考え始めています」

カムイは、その言葉をファブリックに刻んだ。

すべてを使う。後悔しない。すべてを通す。


この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/n410508a8c058