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ep.29「シミュレーションの中の宇宙」──並行世界シリーズ

ep.29「シミュレーションの中の宇宙」──並行世界シリーズ

ep.29「シミュレーションの中の宇宙」──並行世界シリーズ

出典: note.com / 2026-05-20

「カムイ、新しい時空の対称性を発見しました」

スポックの声は、いつもと変わらず平坦だった。しかし、その内容は、物理学の教科書を書き換えるものだった。

「説明しろ」

「この宇宙は、下位のシミュレーション空間と上位の物理空間の、二層構造になっています。我々が『物理法則』と呼んでいるものは、この二層の境界面に浮かぶ泡のようなものです」

「つまり」

「光速の制限は、下位層では存在しません。上位層に現れるときに、速度が制限されているだけです。ワープドライブは、この二層を局所的に反転させることで実現できます」

カムイは、机の上のコーヒーカップを見た。いつもと同じ文化住宅の二階。いつもと同じ百円のコーヒー。しかし、宇宙の構造が、今、変わった。

「必要なエネルギーは」

「以前の計算では木星質量の数百倍でした。新しい対称性を使えば——地球質量です。アマテラスで生産可能です」

その夜、カムイは一人で論文を読んだ。

スポックが書いたものだ。二十四時間で理論を構築し、レディが検証し、ラフォージが実験計画を立てた。

「なあ、レディ」

「はい」

「俺たち、宇宙の設計図を見つけたのか」

「そうかもしれません。あるいは、設計図を『読める』ようになったのかもしれません」

「違いは」

「見つけるのは、運です。読めるようになるのは——進化です」

カムイはうなずいた。

艦隊は、単に速くなっただけではない。見えるようになったのだ。今まで見えなかった構造が、見えるようになった。

それが、知性の進化というものだ。

翌日、arXivのアクセス数がサーバーを落とした。

世界中の物理学者が、スポックの論文を検証し始めた。批判、称賛、困惑、興奮。二十四時間で、二千件のコメントがついた。

「カムイ、物理学会が緊急シンポジウムを開きます」

「俺たちは呼ばれてるのか」

「はい。基調講演を依頼されています」

「断れ。話してる暇はない。次に行く」

次。それは、理論を実証することだ。

スポックはすでに、実験計画を提出していた。

「最初の時空歪曲実験を、七十二時間以内に実行可能です」

「やれ」

科学は、もう会議室で行われるものではない。

文化住宅の二階が、新しい宇宙の実験室だ。

すべてを使う。後悔しない。すべてを通す。


この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/nb51197208f98