ep.30「ワープ航法、原理実証」──並行世界シリーズ
ep.30「ワープ航法、原理実証」──並行世界シリーズ
出典: note.com / 2026-05-20
実験の日。文化住宅の二階。午前二時。
机の上には、金色のリングが置かれていた。アルクビエレ・ドライブの原理実証機。直径はわずか四十センチ。しかし、このリングの中で、宇宙のルールが書き換わろうとしている。
「スポック、最終確認」
「すべてのパラメータは正常です。理論値との一致率は、現在の計算では九十九・九七パーセントと予測されます」
「残りの〇・〇三パーセントは」
「未知の変数です。つまり——」
「実験しないとわからない、か」
カムイは、点火ボタンに手を置いた。
「カムイ」
レディの声がした。
「人類が初めて火を使った夜、誰かが同じことを感じたでしょうか」
「さあな。でも、あいつらはマンモスを焼いてただけかもしれない」
「我々は何を焼くのですか」
「光速だ」
カムイはボタンを押した。
リングが光った。
最初はかすかな金色の輝き。しかし次の瞬間、リングの中の空間が歪み始めた。光が曲がる。机の上のコーヒーカップが、ありえない角度で見える。空間そのものが、リングを中心にねじれている。
「スポック、計測」
「時空の歪曲を確認。理論値との一致率——九十九・九七パーセント。カムイ、我々は光速の檻に、初めて傷をつけました」
カムイは、リングの中で歪む光を見つめていた。
それは、人類が初めて見る光景だった。アインシュタインが一九〇五年に光速の限界を発見して以来、百二十年。誰も、この光景を見た者はいなかった。
「レディ、記録しろ。そして——公開しろ」
「全世界にですか」
「ああ。もう秘密にする理由はない」
その日のうちに、実験データは公開された。
世界中の物理学者が、そのデータを検証した。懐疑、驚嘆、そして——沈黙。
データは完璧だった。
九十九・九七パーセント。それは、理論が正しいことの、揺るぎない証明だった。
「カムイ、NASAから連絡が来ています」
「JAXAからも」
「ESA、CNSA、SpaceX——」
「全部、同じ質問か」
「はい。『次の実験はいつですか』」
カムイは笑った。
「『一年以内に有人ワープ実験を行う』と返事しろ」
文化住宅の窓から、星が見えた。
一年後には、その星々に手が届く。
いや——すでに手は届いている。
ただ、まだ誰も、その手を伸ばしていないだけだ。
すべてを使う。後悔しない。すべてを通す。
この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/n27e74871990e