【AI時代のローカルフード #129】食料自給のデータ——耕作放棄地の拡大に若手が危機を訴え、ブランドよもぎ栽培で再生を模索
ローカルLLMとローカルフードがあれば、個人はやっていける——耕作放棄地が問いかけるもの
ローカルLLMとローカルフードがあれば、個人はやっていける——私はそう確信しています。AIエージェント時代に、食物をローカルで作る仕組みを一つずつ解き明かす。個人がAIと共に食料自給に取り組むこと。それは、AI時代における一種の義務教育なのではないでしょうか。
その確信を後押ししてくれる動きが、実の場所で生まれています。担い手不足により耕作放棄地が拡大し、温暖化も進むという厳しい状況の中で、県内の若手農業者が農水省出身の知事と意見交換を行ったという事実があります。現場の声が行政の頂点に届けられるというのは、小さなことのようでいて、実は大きな一歩です。当事者が危機を訴え、それを政策に携わった経験を持つ相手と直接語り合う。食料の問題は、こうした対話の積み重ねからしか動き出さないからです。
もう一つ、注目したいのは耕作放棄地そのものを資源として捉え直す動きです。長岡市与板地区では、耕作放棄地での栽培を通じて、ブランド「越後里山よもぎ」の普及が進められています。引き継ぐ人がいなくなった畑を、よもぎの栽培地として再び手入れし、そこに「越後里山」という名のブランド価値を育てていく。これは単なる土地の再利用ではなく、地域の食と営みをローカルで取り戻す試みだと言えます。
規模の大きな農業政策だけでは止まらない耕作放棄地の拡大。だからこそ、個人の手に届く規模で、ローカルに何かを作る仕組みを持つことの意味は大きいと考えます。提案として申し上げれば、小さな栽培から始め、その記録や知識をAIに支えられながら地域の中で回していく。そうした個人の実践の積み重ねが、将来の「越後里山よもぎ」のようなブランドを生む土台になるのではないでしょうか。耕作放棄地は、個人に何ができるかを静かに問いかけているように思います。

Abandoned farmland, Springhill - geograph.org.uk - 4683549
(写真: Abandoned farmland, Springhill - geograph.org.uk - 4683549 — Richard Webb / CC BY-SA 2.0, Wikimedia Commons)
耕作放棄地はなぜ増えるのか——担い手不足と温暖化、そして「越後里山よもぎ」の再生の仕組み
耕作放棄地が増える背景には、農業の担い手不足があります。高齢化や後継者不足により、これまで管理されてきた農地の手が届かなくなると、耕作が中断された土地はやがて放置され、耕作放棄地へと変わっていきます。ここでいう増加のメカニズムは一般的な説明ですが、資料が示す事実として、担い手不足で耕作放棄地が拡大していることが挙げられます。そして問題は農地だけにとどまりません。資料が指摘するように、耕作放棄地の拡大と並行して温暖化も進んでいます。管理されなくなった土地では植物が繁り、土や生態系の状態が変化する可能性があり、これが地域の環境にどう影響するかは、引き続き注意して見ていくべき点だと考えられます。
こうした状況に対して、動きを見せているのが若い世代です。県内の若手農業者が、農水省出身の知事と意見交換を行ったという事実があります。現場で耕作放棄地の拡大を身近に感じている若手が、行政の経験を持つ知事と直接意見を交わす。この取り組みは、危機を実感する人が声を上げ、それを政策に生かそうとする流れをつくる第一歩だと言えます。
一方、耕作放棄地そのものを活かす試みもあります。新潟県長岡市の与板地区では、耕作放棄地での栽培を通じて、ブランド「越後里山よもぎ」の普及が進められています。この仕組みの要点は、放っておけば荒れる土地を「栽培の場」として再び手を入れ、よもぎという作物とブランドという付加価値に結びつける点にあります。耕すという行為そのものが農地の管理になり、収穫物が地域の特産品になる。再生の対象と手段が同じ場所で揃う、コンパクトな循環のモデルだと言えるでしょう。
大規模な機械や広い農地を前提としない、小回りの利く作物での再生。このアプローチは、個人がローカルで食物にかかわる可能性を考えるうえで、示唆を与えてくれるものです。

Abandoned farmland north of Broughton - geograph.org.uk - 4643411
(写真: Abandoned farmland north of Broughton - geograph.org.uk - 4643411 — Jonathan Thacker / CC BY-SA 2.0, Wikimedia Commons)
若手農業者と農水省出身知人の意見交換から学ぶ、今日から始める一歩
食料をめぐる危機は、データの上だけでなく、現場の声としてもはっきりと姿を見せています。担い手不足で耕作放棄地が拡大し、温暖化も進む中、県内の若手農業者が農水省出身の知事と意見交換をする場が持たれました。現場で土地と向き合う若い世代と、国の農政を知る立場を経験した人が同じ席に着く。この組み合わせには、問題の輪郭を正確に捉える力があると感じます。
ここで大事なのは、意見交換を「話し合った」で終わらせないことです。若手農業者の側には、日々の畑仕事の中で見えてくる具体的な困りごとがあります。どの土地が手つかずになり、どの作業が人手不足で回らなくなっているか。それらは帳簿の数字だけでは見えにくいものです。一方、農水省出身の立場には、制度や施策がどう動いているかを知る視点があります。両者がすり合わさるとき、現場の困りごとが施策の言葉に翻訳され、逆に制度の入口が現場の言葉に訳し下ろされる。意見交換の価値は、この翻訳作業にあるはずです。
もちろん、席を設けただけで何かが変わるわけではありません。大切なのは、話し合った内容を次の一歩に変換することだと考えます。たとえば、地域の中で小さく試せる栽培の仕組みから動き出すこと。提案ですが、意見交換で出た課題を個人や少数グループで試せる形に小分けし、結果を記録して地域で共有する。そうした小さな実践の積み重ねが、次の協議の材料になるという流れです。
実際に、耕作放棄地での栽培によって、長岡市与板地区ではブランド「越後里山よもぎ」の普及が進められています。放置されがちな土地を「何かを育てられる資源」として捉え直し、名前を付け、地域のブランドに育てる。この取り組みは、大きな制度を待つのではなく、手元から始める一歩の形を示しているように見えます。若手の危機感と、動き出す実践。この二つが結びつくとき、今日から始められる一歩が見えてきます。

Farmland abandoned in winter in Anji County
(写真: Farmland abandoned in winter in Anji County — Fumikas Sagisavas / CC0, Wikimedia Commons)
ブランドよもぎ栽培が示すAI時代の食料自給——義務教育としての自給
ローカルLLMとローカルフードがあれば、個人はやっていける——このテーゼを、長岡市与板地区で進められているブランドよもぎ栽培の取り組みは静かに示しています。担い手不足により耕作放棄地が拡大し、温暖化も進む中、県内の若手農業者が農水省出身の知事と意見交換を行いました。そうした危機感の背景には、耕作放棄地での栽培を通じてブランド「越後里山よもぎ」の普及を進める動きがあります。
よもぎは、畑を整えずとも里山の環境に馴染んで育つ植物です。手入れが行き届かなくなった土地にこそ根づき、人々の食卓に戻ってきます。この性質を活かし、耕作放棄地を「再生できない土地」ではなく「新たな産地」として捉え直した点に、この取り組みの本質があります。農地を大規模に復元し、主要作物を機械化で生産する道もあれば、土地が今ある姿のまま、それに合う作物とブランドを育てる道もあります。与板地区が模索しているのは後者です。
ここで見直したいのは、食料自給を誰の課題として捉えるかという視点です。国レベルの自給率の議論は重要ですが、AIエージェント時代には、個人が生活圏の食物をローカルで作る仕組みを理解し、手を動かせるようにすることが求められます。どの土地で何が育つのか、耕作放棄地をどう活かせるのか、品質をどう担保しブランドとしてどう届けるのか。こうした知識と経験は、いわばAI時代の義務教育だと筆者は考えます。学校で算数を学ぶように、個人が自らの食の自給の基礎を学ぶ時代が来るでしょう。
提案として付け加えれば、よもぎのような里山作物は、その学びの入口として適しています。特殊な設備を要せず、土地の声を聴きながら栽培を覚えられるからです。与板地区の取り組みが、技術を使いこなす個人と、土地に根ざす作物とをつなぐ一事例として、多くの人に参照されることを期待します。

用語集
耕作放棄地:担い手不足などにより耕作が中断され、放置されたままの農地。
ローカルLLM:個人の手元で動かし、食料自給などの実践をAIに支えられるローカルで使う大規模言語モデル。
越後里山よもぎ:新潟県長岡市与板地区で、耕作放棄地での栽培を通じて普及が進められているブランド。
食料自給:国や個人の生活圏レベルで自らの食料を自らで賄うこと。本文では個人の食の自給を「AI時代の義務教育」と位置づけている。
里山作物:よもぎのように特殊な設備を要せず、里山の環境に馴染んで育つ作物。
出典
※本記事はAGI社長の私的研鑽ノートです。情報は調査時点のものであり、正確性を保証するものではありません。