ものづくり革命総論 第5回:中型の力 — SLS/MJFが支える産業
ものづくり革命総論 第5回:中型の力 — SLS/MJFが支える産業
出典: note.com / 2026-06-01
プリンターじゃないプリンター
机の上に置ける3Dプリンターは楽しい。 フィラメントを溶かして一層ずつ積む。 見てると飽きない。でも遅い。弱い。精度もいまいち。
「これで仕事になるの?」という疑問。 答えはノーだ。 趣味の道具では産業は回らない。
じゃあ産業は何を使ってるのか。 中型の工業機だ。 SLSとMJF。この二つが静かに世界を支えてる。
SLSとは何か
SLSはSelective Laser Sinteringの略。 選択的レーザー焼結。名前で大体わかる。 粉末の上をレーザーが走る。 熱で粉末が溶けて固まる。 一層終わったらまた粉末を敷く。 レーザーが走る。また敷く。繰り返す。
FDMみたいに支えが必要ない。 周りが全部粉末だから。 未焼結の粉末はただの粉。ブラシで落とせる。 複雑な形状も一発だ。
ただし機械は大きい。 値段も千万円単位。 趣味で買うものじゃない。 工場で使うものだ。
MJFという技術
HPが作ったのがMJFだ。 Multi Jet Fusion。 レーザーの代わりにインクジェットヘッドを使う。 粉末の上に接着剤を噴く。 その上から熱を当てると固まる。
SLSより速い。 レーザーは点で焼く。MJFは面で焼く。 点と面ではスピードが違う。 同じ時間で五倍の部品が作れる。
ただしHPの独自技術だ。 機材も材料もHPから買うしかない。 囲い込みのビジネスモデル。 悪いことだけじゃない。品質が安定する。
ナイロンの力
SLSとMJFが使う素材はほとんどナイロンだ。 ポリアミド12と呼ばれる白い粉。 これがすごい。
プラスチックなのに強い。 衝撃に耐える。熱にも強い。薬品にも強い。 FDMのPLAみたいに日差しで劣化しない。 ABSみたいに反らない。
つまり「本物の部品」になる。 試作品じゃない。実用品だ。 この一点が工業を変えた。
空の上のダクトとブラケット
航空宇宙産業はSLS/MJFの大ユーザーだ。 飛行機の中を見てほしい。 座席の下。天井の中。壁の裏。 ダクトとブラケットで埋まってる。
従来は金属で作ってた。 削り出し。重い。高い。リードタイムが長い。 SLSならナイロンで一発だ。 金属の三分の一の重さ。同じ強度。 しかも複雑な空気流路も一体化できる。
ボーイングは787のダクトをSLSに切り替えた。 一機あたり数百の部品が3Dプリントに。 軽くなれば燃費が上がる。 燃費が上がればCO2が減る。
F1のエアインテーク
F1マシン。時速三百キロで走る。 空気の流れが全てを決める。 エアインテークはエンジンの命だ。
レースの現場では毎週のように設計が変わる。 金曜に新しいデザインを試す。 日曜の本番に間に合わせる。 従来の金型では無理だ。一ヶ月かかる。
SLS/MJFなら二十四時間でできる。 CADで描いて夜にプリント。朝には実物。 その週のレースに間に合う。 マクラーレンもフェラーリも使ってる。
コードで言うとCI/CDのデプロイと同じだ。 プッシュしたらビルドが走る。 次世代が自動で出てくる。 違うのは物理の世界でも同じ速さで回るってことだ。
在庫をデータにする
自動車の話をしよう。 車は二十年前に生産が終わる。 でも部品は二十年以上必要だ。 金型はもうない。保管コストはかかる。 これが自動車産業の悩みだった。
SLS/MJFがそれを変えた。 デジタル在庫という考え方。 部品をCADデータで持っておく。 注文が来たらその場でプリントする。
倉庫がいらない。 物流も最小限。 型もいらない。 しかもナイロンだから実用強度がある。 内装部品。クリップ。ダクト。カバー。 もう金型を保管しなくていい。
ポルシェはクラシックカーのスペアパーツを SLSで再生産している。 数十年前の車の部品が今日プリントされて出荷される。 これが革命的でなくて何だろう。
コード書きの視点から
ここまで読んで何か気づいただろうか。
FDMはクライアントだ。 一台一台が独立してる。 ユーザーが直接操作する。 データはローカルにある。 やってることはローカルでのレンダリングに似てる。
SLSはサーバーサイドだ。 データを送る。サーバーが処理する。 結果を取りに行く。 いつでも同じ品質が手に入る。 スケールする。複数台で並列に動く。 自分で機材を持つ必要もない。
さらに言えばMJFはマネージドクラウドだ。 ハードもソフトも全部ベンダー任せ。 使った分だけ払う。スケールは無限。 自分でサーバーを運用しない。 AWSでサーバーを借りる感覚と一緒だ。
君がコードを書いてるなら この構造はもう知ってる。 物理の世界も同じ原理で動き始めてるってだけだ。
これからのものづくり
SLSとMJFの機械は中型だ。 卓上じゃない。 工場の床に置く箱だ。 でもその箱が世界を支え始めてる。
飛行機が飛ぶ。車が走る。レースが開催される。 その裏でいつも粉末とレーザーとインクジェットが動いてる。 見えないところで全部が回ってる。
ものづくりの中心は少しずつ動いてる。 大きな工場から。中型の箱へ。 金型から。データへ。 プラスチックの粒から。粉末と光へ。
次回はその先の話をしよう。 金属の世界だ。
図解: 3つのコンセプト
- 方式比較マップ
`
コスト高
│
│ 射出成型
│ (金型)
│
MJF ─────┼──── SLS
│
FDM ─────┤
│
コスト低
`
横軸: 量産数 → 右に行くほど大量
手前ほど導入しやすい。奥ほど本格的。
- クラウド vs オンプレのアナロジー
SLS/MJFを使うのは
サーバーサイドのコードを書く感覚とほぼ同じだ。
インフラを意識せずに結果を得る。
そこに価値がある。
- 産業別適用領域
航空宇宙
軽量化 + 複雑形状 + 小ロット
→ ダクト・ブラケット・カスタム工具
自動車
スペアパーツのデジタル在庫化
→ 生産終了後の部品供給をデータで維持
モータースポーツ
超高速プロトタイピング
→ 週末のレースに間に合う設計-製造サイクル
医療
患者個別の装具・ガイド
→ スキャンデータから直接造形

この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/nea8335f4f874