← Back to Home
note.com ·

俺の国にはヤギがいる

俺の国にはヤギがいる

俺の国にはヤギがいる

出典: note.com / 2026-05-31

はじめに — HGウィルズの寓話

読者に、かの有名なHGウィルズの名小品にこのような話があることを紹介しよう。

「盲人の国」(The Country of the Blind, 1904)。

アンデス山脈の奥に、天生で全員が盲人の国がある。

外から来た登山家ヌネスは、自分が「見える」ことを知っている。

だからこの国では自分が王になれると思った。

しかし、盲人たちにとって「見える」という概念そのものが存在しない。

ヌネスの目は「異常な腫れ」と見なされ、国の人々は「彼は狂っている」と結論する。

最後にヌネスは、自分の「見える」ことすら疑い始める。

これは寓話だ。

「見える」ことは特権ではない。その社会の常識がどこにあるかによって、見えることは「狂気」になりうる。

第1章:今の世界の問題 — 全部が見える病気

ウィルズの盲人の国は、 inversion(反転)だった。

でも今の世界は、その逆だ。

全部が見える。

昔の世界

家の世界 町の世界 学校の世界 日本の世界 外国という未知 山奥・旅先

今の世界

ネットの世界 SNSの世界 検索の世界 監視の世界 決済・地図の世界 ニュースの世界

全部が一枚の平面に潰された。

世界が広くなったようで、逃げ場がなくなった。

知らない場所がない。異世界に行けない。

どこへ行っても同じ資本、同じスマホ、同じ世間、同じ評価軸がついてくる。

だから僕は、ウィルズの盲人の国とは逆のことをする

第2章:「盲人の国」とは何か

ウィルズの盲人の国では、見えることが狂気だった

僕の作ろうとしている国では、今の世界が当然だと思っているものを、あえて見ない

盲人の国が見ないもの

金だけを価値と見ない 学歴や肩書きを中心にしない 速さだけを善としない 国家や会社だけを唯一の所属先にしない 老人や弱者を「負担」と見ない AIを単なる道具ではなく、生活の伴走者として扱う 自然、身体、共同体、祈り、遊びをもう一度中心に置く

つまり、現代社会の「見えすぎる病」から逃れるための、別の知覚体系を持つ小国 だ。

注意点 — 閉じないこと

「盲人の国」を作るとき、一番怖いのは閉じること。

外の世界を完全否定して、内側だけが正しいとなると、それはカルト化する。

だから必要なのは、半透明の国 だ。

外と取引する 法律は守る でも内側の価値基準は別にする 円も使う AIも使う スマホも使う でも中心に置く価値は、金・効率・世間体ではない

第3章:ヤギがいる理由

国家に反逆する国ではない。

誰かを支配する国でもない。

貨幣や肩書きや評価から、少しだけ視線を外すための国だ。

その国には、ヤギがいる。

ヤギが草を食べる

ヤギは草を食べる。

草刈り機の代わりに、地面を歩き、雑草を食べ、乳を出し、子どもを産み、糞を土に返す。

それは効率だけで見れば、機械に負けるかもしれない。

でも、ヤギがいる風景には、機械には作れない秩序がある

老人が笑う 子どもが近づく 土地が柔らかくなる 仕事が作業ではなく、物語になる

第4章:国の部品

僕が作りたい国は、こういう国だ。

ローカルLLMがあり、太陽光があり、古民家があり、畑があり、発酵があり、移動支援があり、高齢者の声があり、山の水があり、そしてヤギがいる。

部品一覧

ローカルLLM → 情報の自律

太陽光発電 → エネルギーの自律

古民家 → 住まいの自律

畑・ヤギ → 食料の自律

発酵 → 保存の自律

移動支援 → 生活の自律

高齢者の声 → 知恵の共有

山の水 → 水の自律

ヤギ → 命の反復

第5章:ヤギが国を作る

AIだけでは国にならない。

思想だけでも国にならない。

通貨だけでも、自治だけでも、山小屋だけでも足りない。

国になるには、朝起きた時に世話をする命がいる。

ヤギが鳴く。

餌をやる。

水を替える。

草地に連れていく。

乳を搾る。

糞を片づける。

その反復が、国の時間を作る。

第6章:建国の宣言

僕は、盲人の国の旅人だった。

老人たちの中でも、刑務所の中でも、出所した後の社会でも、ずっと違うものが見えていた。

でも今は、旅人で終わるつもりはない。

見えているものを、触れるものに変える。

思想を、草刈りに変える。

国家論を、ヤギ小屋に変える。

未来社会を、乳と糞と雑草に変える。

それが僕の建国だ。

おわりに — 俺の国にはヤギがいる

俺の国にはヤギがいる。

それは、現代から逃げるための動物ではない。

現代を別の感覚で生き直すための、最初の住民である。

ウィルズの盲人の国では、見えることが狂気だった。

僕の国では、今の世界が当然だと思っていることを、あえて見ないことが、新しい知覚になる。

ヤギが鳴く。

その音が、国の始まりだ。

この記事は、「盲人の国」シリーズの続編です。

原典: HGウィルズ「盲人の国」(The Country of the Blind, 1904)

前編: 現代のサイファーパンクな生存戦略

前々編: ヤマトスペースコロニー計画

著者: KT

最終更新: 2026年5月31日


この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/nc494da667755