多聞山に燃ゆ — 三:茶と蜘蛛
三——茶と蜘蛛
久秀が平蜘蛛の茶釜を手に入れたのは永禄のある年のことだった。季節は秋だった。奈良の町は刈り入れの終わった田んぼが広がり、空は高く澄んでいた。久秀は数人の供を連れて大和の山間を巡っていた。彼はこの頃新しい茶器を探していた。名のある茶器なら声を聞けばどこへでも出かけた。
その夜、彼はある村の庄屋の家に泊まった。庄屋は代々茶を好む家だった。久秀はその噂を聞いて訪ねたのだ。庄屋は久秀の来訪を恐れた。同時に喜んだ。恐れと喜びが入り混じった複雑な表情だった。久秀は何も言わずに座った。酒が出された。久秀は一口だけ口をつけた。そして茶器を見せろと言った。
庄屋が奥から出してきたのが平蜘蛛の茶釜だった。久秀は一目見て何かを感じた。彼は釜を手に取った。ずっしりとした重み。表面の蜘蛛の巣模様。掌に伝わる感触。彼はしばらく無言で釜を見つめた。部屋には炉の火の音だけが聞こえていた。庄屋は息を詰めてその様子を見守った。
「この釜を譲れ。」
久秀の声は低かった。庄屋は迷った。しかし断れなかった。久秀は庄屋に代わりに幾つかの土地を与えた。その取引が庄屋にとって得だったか損だったかはわからない。しかし久秀にとってこの釜を得たことは何にも代えがたかった。彼はその夜すぐに釜を抱えて帰途についた。月明かりの下で釜の表面が鈍く光った。久秀は馬の上でも釜を離さなかった。
道中、彼は何度も釜の表面を撫でた。冷たい鉄の感触。指が蜘蛛の巣模様を辿る。その感触が彼を落ち着かせた。
帰城後、久秀は早速茶室にこもった。釜を炉にかける。炭の火が釜の底を赤く染める。やがて湯の音が聞こえ始めた。初めてこの釜で湯を沸かす。その音は久秀がそれまで聞いたどの釜の音とも違っていた。低く深い響きだった。まるで大地の底から響いてくるようだった。久秀はその音に耳を澄ませた。何かを待つように。その夜、彼はいつもより長く茶室にいた。
それからの久秀は変わった。側近たちはそう言った。以前より落ち着きが出た。怒りっぽさが減った。茶室にいる時間が増えた。久秀自身もその変化に気づいていた。しかしその理由を言葉にすることはなかった。ただ平蜘蛛の茶釜の前に坐ると心が静まる。それだけだった。
平蜘蛛の茶釜は久秀の人生そのものだった。彼の喜びも悲しみもすべてこの釜が見てきた。戦に勝った時も負けた時もこの釜と共にあった。茶を点てることで彼は心の平穏を取り戻した。苦しい時ほど丁寧に茶を点てた。その習慣は彼の人生の最後の瞬間まで続いた。
久秀が平蜘蛛の茶釜を最も愛したのはその不完全さのせいかもしれない。完全な茶器よりもわずかに歪んだこの釜に彼は人間的な魅力を感じていた。蜘蛛の巣のように広がる模様はまるで彼の人生の軌跡のようでもあった。複雑に入り組んだ模様。しかし一本一本の線は確かにつながっている。久秀はその模様に自分の人生を重ねていたのかもしれない。
ある冬の夜、久秀は一人で茶室に坐っていた。雪が静かに降っていた。釜の湯がしゅんしゅんと鳴る。その音だけが部屋に満ちていた。彼は柄杓で湯をすくう。湯が茶碗に落ちる音。白い湯気が立ち上る。彼は茶を点てた。一口含んだ。苦い。しかしその苦さが彼には心地よかった。彼は何かを考えていた。しかし何を考えているのか自分でもわからなかった。ただ釜の湯の音を聞いていた。そのうち雪がやんだ。夜が明けた。久秀は一晩中茶室にいた。
久秀の茶会は噂になった。彼の点てる茶を飲みたいと多くの者が願った。しかし久秀は誰にでも茶を点てたわけではない。彼が茶を点てる相手は限られていた。それは彼が認めた者だけだった。久秀の茶を飲むことは特別なことだった。茶室での久秀は戦場の久秀とは別人だった。彼の手から生まれる茶は深い味わいがあった。苦味の中に甘みがある。緊張の中に安らぎがある。それが久秀の茶だった。
ある日、今井宗久が多聞城を訪れた。宗久は堺の豪商であり茶人だった。久秀は彼を茶室に通した。久秀は自ら茶を点てた。平蜘蛛の釜で湯を沸かした。宗久はその釜を見て何も言わなかった。しかしその目は釘付けだった。茶を飲んだ後、宗久は言った。
「この釜は天下の名器ですな。」
久秀は答えなかった。ただ微笑んだだけだった。その微笑みは得意げでもあり寂しげでもあった。宗久はその表情を忘れられなかったと後に語った。
平蜘蛛の茶釜の由来について様々な伝説が残っている。中国から渡来したとも言われる。奈良の鋳物師が作ったとも言われる。しかし確かなことは誰も知らない。釜の表面の蜘蛛の巣模様は自然にできたものか意図的に作られたものかもわかっていない。久秀はこの釜を手に入れた時誰にも見せなかった。三日三晩茶室にこもってこの釜と向き合った。誰も彼の邪魔をすることはできなかった。彼が出てきた時その顔は満足げだった。それ以来彼はこの釜を手放さなかった。戦に出る時もこの釜を抱えた。茶が飲めない場所にもこの釜を持って行った。彼にとってこの釜は守るべき最後のものだった。命より大事なもの。それが平蜘蛛の茶釜だった。
久秀の茶室は多聞城の本丸の一隅にあった。四畳半。窓は一つ。床の間には掛け軸が一幅。それだけの質素な空間だった。しかしその質素さは計算されていた。余計なものを削ぎ落とした先に真の美が現れる。久秀はそう考えていた。彼の人生は複雑で入り組んでいたが茶室だけはすべてが単純だった。複雑なものは外に置いてきた。茶室の中には必要最小限のものしか持ち込まなかった。
道具はすべて久秀自身が選んだ。茶碗。茶杓。茶筅。水指。すべてが名品だった。彼はこれらの道具を戦や政治の合間に少しずつ集めてきた。それぞれの道具にそれぞれの由来があった。どの道具をいつどこでどのようにして手に入れたかをすべて記憶していた。それは彼のもう一つの履歴書だった。戦の履歴とは別の茶の履歴がそこにあった。久秀は茶人としても一流だった。千利休や今井宗久らと並んで天下三宗匠の一人に数えられることもあった。利休の茶がわびさびを極めたものだとすれば久秀の茶は力強さと緊張感に満ちていた。彼の点てる茶には戦の気配が漂っていた。それが彼の茶の特徴だった。
久秀が最も愛した茶器が平蜘蛛の茶釜だった。釜は平たくどっしりとしていた。表面には蜘蛛の巣のような細かい肌理があった。光の加減でその模様が浮かび上がる。まるで蜘蛛が這っているかのように。その名はその模様に由来する。いつ誰が作ったものかはわかっていない。しかしその姿かたちは完璧だった。余分なものは何もなかった。必要な形だけがそこにあった。久秀は初めてこの釜を見たとき息を呑んだ。その姿にすべてが集約されているように思えた。
久秀はこの茶釜を手に入れるために一勢力を滅ぼしたと言われる。真偽は定かでない。しかし彼がこの茶釜に格別の思い入れを持っていたことは確かだった。彼の生涯で最も長く手元に置いた茶器がこの平蜘蛛の茶釜だった。他の茶器は政治的な駆け引きで手放すこともあった。しかしこの茶釜だけは手放さなかった。手放せなかった。それは彼の分身のようなものだった。この釜なくして自分は自分でいられない。彼はそう思っていた。
彼は戦の前には必ずこの茶釜で茶を点てた。茶室に坐ると指はゆっくりと釜の蓋を取る。湯の音が静寂の中に響く。しゅんしゅんという規則正しい音。湯気が立ち上り茶室の中に広がる。その中で久秀の顔はいつもより柔らかかった。眉間の皺が消え口元がわずかに緩む。彼は茶を味わう。一口。二口。そして湯気の向こうに何かを見つめるような目をする。何を見ているのか。それは誰にもわからなかった。久秀自身にもわからなかったのかもしれない。