多聞山に燃ゆ — 五:筒井の谷
五——筒井の谷
久秀と順慶の戦いは奈良の運命を変えた。戦前まで奈良は宗教都市として平和を保っていた。しかし戦が始まってから奈良の町は戦場と化した。多くの寺社が焼かれ多くの文化財が失われた。久秀はそのことについて何も語らなかった。しかし後年彼が東大寺再建に協力したとの記録が残っている。
戦は永禄の初めから始まった。筒井順慶は大和の国人たちを糾合した。久秀は三好長慶の勢力を背景に大和に進出した。両者の間には最初から埋めがたい溝があった。久秀は畿内の新興勢力だった。順慶は大和に根付いた旧来の領主だった。久秀にとって順慶は打倒すべき相手だった。順慶にとって久秀は侵略者だった。
合戦は一進一退を繰り返した。久秀は多聞城を本拠に筒井方の拠点を次々と攻めた。辰市の戦いでは久秀が敗れた。久秀の弟長頼が討ち死にした。久秀は初めて味方の死を見た。彼は何も言わなかった。ただ死者の顔を覆っただけだった。その日から久秀の戦い方は変わった。正面からの戦いを避け始めた。夜襲を仕掛けた。兵糧路を断った。村々に火を放った。煙が奈良盆地に立ち込めた。人々は山へ逃げた。寺の鐘が鳴り響いた。その音は戦の始まりを告げるようだった。
順慶は久秀の包囲を緩めなかった。じわじわと包囲網を狭め久秀の逃げ道を塞いだ。久秀は多聞城の中に閉じ込められた。外部との連絡も途絶えがちになった。それでも久秀は動じなかった。茶室にこもって茶を点て続けた。平蜘蛛の茶釜だけが変わらずそこにあった。変わらないものがあるということが彼の心の支えだった。
城の周囲では常に小競り合いが続いた。夜になると弓矢が飛び交った。鉄砲の音が山々に響いた。久秀は床几に座ってその音を聞いていた。風が城の櫓を鳴らした。秋が来て冬が来た。城の庭には霜が降りた。久秀は白い息を吐きながら茶を点てた。釜の湯気が冷たい空気に溶けた。順慶の陣からは焚き火の煙が立ち上っていた。両軍の間にはただ冷たい夜風が吹き抜けた。
戦が長引くにつれて久秀の焦りは深まった。筒井順慶は決して表立って戦わなかった。ゲリラ戦法で久秀の兵を苦しめた。久秀は多聞城に籠もったまま反撃の機会をうかがった。しかし順慶はじりじりと包囲を狭めてきた。久秀は孤立無援だった。かつての盟友たちは信長に従い久秀から離れていった。久秀は一人だった。いや一人ではない。平蜘蛛の茶釜があった。それだけが彼の友だった。
順慶の陣営には常に情報が集まった。奈良中の動きが筒井方に伝わった。久秀の兵の動きも筒井方には筒抜けだった。地元の者たちは皆順慶に味方した。久秀はよそ者だった。大和に来て間もない侵略者だった。久秀はそれを痛いほど感じていた。いくら城を堅固にしても人の心までは支配できなかった。彼は城の高櫓に上った。眼下には筒井の里が見えた。煙が立ち上っていた。田んぼは荒れ果てていた。この土地は自分を受け入れなかった。久秀は唇を噛んだ。
戦は長引いた。どちらかが倒れるまで続く長期戦になった。筒井順慶は持久戦に持ち込んで久秀の兵力を削ろうとした。久秀もそれに対抗して筒井方を攻め続けた。両者の戦いは奈良盆地全体を巻き込んだ。田畑は荒れ農民は逃げ出した。奈良の町は衰えた。多くの人が命を落とした。久秀は目的のためなら手段を選ばなかった。順慶を倒すためなら奈良全体が焼けても構わなかったのかもしれない。しかし順慶もまた簡単には倒れなかった。彼は信長という強力な味方を得て反攻に出た。久秀は次第に追い詰められていった。それでも彼は多聞城に留まった。この城が彼の全てだった。城を捨てることは自分を捨てることと同じだった。
ある年の秋、久秀は筒井の近くまで出陣した。馬を進めて筒井の集落を眺めた。小さな家々が並んでいた。田んぼでは稲が実っていた。穏やかな風景だった。しかしその平和を自分が壊そうとしている。久秀はそのことを自覚していた。それでも彼は引けなかった。大和を取る。その一念だけが彼を突き動かしていた。彼は馬の首を返した。後ろでかすかにエンジンの音にも似た風の音がした。冬の近い風だった。
筒井順慶。大和の国人領主。多聞城の南筒井の地を本拠とする男だった。順慶は久秀とは対照的な男だった。背は低く物静か。人前で声を荒げることのない謹厳な人物だった。彼は戦を好まなかった。できることなら争わずに領地を治めたいと考えていた。彼の領民は彼を慕っていた。税は軽く裁きは公平だった。順慶の治める村々は豊かで平和だった。久秀はその平和を自らの手で壊そうとしていた。
順慶の館にはいつも質素な食事が並んだ。一汁一菜が常だった。久秀のような贅沢はなかった。茶器もなければ名物もなかった。順慶は質素を好んだ。ある日家臣が高価な茶器を献上しようとした。順慶は断った。「そんなものより兵の糧米を増やせ」とだけ言った。その言葉は筒井家中に広まった。人々は順慶をますます敬った。久秀はその話を聞いた。何も言わなかった。しかしその夜、茶室でいつもより長く坐っていた。平蜘蛛の釜の湯が冷めるまで動かなかった。
久秀は大和一国の支配を狙っていた。そのためには筒井氏を従えるか滅ぼすかする必要があった。順慶はその障害だった。久秀にとって順慶の存在は自分が大和を支配できない理由そのものだった。どうしても許せなかったのかもしれない。順慶には久秀にないものがあった。領民の信頼。そして己の正しさへの確信。久秀はそれを妬んでいたのかもしれない。順慶の館には常に多くの人が集まった。相談事。訴訟。借金の申し込み。順慶は一つ一つの話を丹念に聞いた。彼の裁きは公平だった。だからこそ人々は彼を慕った。しかし久秀はその順慶の在り方を理解できなかった。なぜ領民のためにそこまでするのか。なぜ自らを犠牲にするのか。久秀には理解できなかった。彼にとって領民は支配すべき対象であって愛する対象ではなかった。
ある冬の日、久秀は密かに筒井の里を偵察させた。戻ってきた忍びが報告した。順慶は今も質素な暮らしを続けている。兵たちと共に粥を食っている。私的な蓄えはほとんどない。久秀はその報告を黙って聞いた。そして小さく息を吐いた。その吐息が白く冷たい空気に溶けた。久秀の眼前には己の茶器の箱が積まれていた。千利休も驚くような名品の数々だった。久秀はそれを見た。そして思った。この男には勝てないのかもしれない。しかしその思いを彼はすぐに打ち消した。彼は箱を蹴った。茶器が中で鳴った。割れたかもしれなかった。久秀は構わなかった。
両者の対立は次第に激しさを増した。小競り合いが繰り返された。村々が焼かれた。人々が死んだ。奈良盆地のあちこちに新しい塚が築かれた。戦は非情だった。兵士だけでなく農民も巻き込まれた。田んぼは踏み荒らされ家は焼かれた。女人や子供たちが命からがら逃げる姿があちこちで見られた。久秀の兵が通った後には煙と焦土だけが残った。
ある日順慶は久秀の陣営に使者を送った。「なぜ争うのか。和睦を申し込む。」久秀は使者の前でしばらく黙っていた。そしてこう言った。「和睦はせぬ。」久秀にとって妥協は死を意味した。一度手を出したら最後まで行く。それが彼の流儀だった。自らの選択を決して後悔しなかった。後悔することが弱さだと知っていたからだ。順慶はついに戦を決意する。しかし順慶は多聞城を直接攻めることはしなかった。持久戦を選んだ。兵糧を断ちじわじわと包囲網を狭める。順慶には味方がいた。三好氏の残党。そして次第に台頭してくる織田信長という新たな勢力。久秀は次第に孤立していった。それでも彼は多聞城を離れなかった。城の高櫓から遠くの山々を見渡しながら茶を飲んだ。平蜘蛛の茶釜で点てた茶を一人で。その背中は寂しげだった。しかし誰もそれを口にすることはできなかった。久秀の孤独は誰にも届かなかった。城の風は冷たく彼の頬を打った。それでも彼は動かなかった。ただ茶を飲み続けた。
その茶の味は苦かった。茶葉はもう新しいものではなかった。兵糧同様に茶も不足し始めていた。それでも久秀は茶を点てた。湯の温度が少しでも違えば彼にはわかった。茶筅の動きが鈍れば彼は最初からやり直した。完璧を求めた。すべてを失っても茶だけは完璧でありたかった。平蜘蛛の釜は静かに湯を沸かし続けた。釜の中の水滴が跳ねる音が茶室に満ちた。久秀はその音だけを聞いて坐っていた。外では北風が吹いていた。遠くで鉄砲の音がした。久秀は耳も動かさなかった。ただ釜の湯の音だけに耳を澄ませていた。