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海賊・出光佐三が夢見た核融合——日本人の元気玉は那珂市にあった

海賊・出光佐三が夢見た核融合——日本人の元気玉は那珂市にあった

海賊・出光佐三が夢見た核融合——日本人の元気玉は那珂市にあった

出典: note.com / 2026-05-07

出光佐三は知っていた——日本人の「元気玉」は核融合だ

前回、僕はこう書いた。「人間は太陽を作るために産業革命をやった」と。

今回はもっと絞る。「日本人は核融合をやるために、明治維新をやった」——かもしれない、という話だ。

いや、半分冗談だけど、半分本気である。

出光佐三という男を知っているだろうか。出光興産の創業者だ。戦後、イランから原油を運んだことで「海賊」と呼ばれた。GHQににらまれ、メジャー石油会社に潰されかけ、それでも「日本人に石油を届ける」と言って世界中の海を駆け回った。

その出光が、最晩年に言った言葉がある。「石油はいつかなくなる。次は核融合だ」

昭和の石油王が、令和の核融合を見据えていたのである。

この魂——これが日本人の「元気玉」だ。

第1章:日本核融合史——ゼロから世界2位の核融合大国へ

世界の核融合地図を見てほしい。ITER(フランス)、NIF(アメリカ)、CFETR(中国)……。でも、実は日本は世界で2番目に核融合研究に金を注ぎ込んでいる国なのだ。知ってた?

しかも日本は「全部持っている」。トカマクも、レーザーも、ヘリカルも、全部自前で研究している。こんな国、他にない。

1958年: 日本初の核融合研究が始まる。場所は名古屋大学。ソ連がトカマクを発明したのと同じ年だ。戦後13年、まだ焼け跡が残る日本で、「太陽を作ろう」と言い出した研究者がいた。

1960年代: 日本原子力研究所(現・量研機構)が発足。那珂市(茨城県)に核融合研究施設を建設。のちに世界最大のトカマクJT-60が生まれる土地である。

1970年代: オイルショック。石油が止まった日本は狂乱物価に陥った。トイレットペーパーに群がる主婦たち。その光景を見て、日本人は骨の髄まで理解した——**「エネルギーは命だ」**と。このトラウマが、日本の核融合研究を加速させた。皮肉なことに、オイルショックがなかったら、今のJT-60SAはなかったかもしれない。

1985年: ITER計画の初期協議で、日本は「建設地はウチで」と猛烈プッシュ。青森県六ヶ所村を提案。結局フランスに敗れたが、「じゃあ日本は主要パーツを作る側に回る」と切り替えた。この「負けたら次で勝つ」精神、まさに日本である。

1996年: JT-60(那珂市)が世界最高の核融合三重積(温度×密度×閉じ込め時間)を達成。イギリスのJETを抜いて世界1位。しかもJT-60は「もしD-T燃料を使っていたらブレイクイーブンを超えていた」と計算された。NIFの点火より26年も前に、日本はその一歩手前まで行っていたのだ。

2007年: JT-60の後継機JT-60SAの建設が始まる。欧州との共同プロジェクト。ITERへの「衛星施設」として位置づけられる。

2014年: 大阪大学の激光XII号(レーザー核融合)が世界最高の核融合中性子発生数を記録。NIFのレーザー方式に対抗する、日本独自の「高速点火方式」だ。

2023年: 日本政府が「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を発表。2040年代の実用化を国家目標に。核融合スタートアップ支援も本格化。

2025年: JT-60SAが初プラズマ達成! 世界最大の超伝導トカマクがついに動き出した。ITERに先立つこと数年。このデータがITERの運転計画を左右する。つまり——世界中の核融合研究者が、那珂市のトカマクを見ている。

第2章:那珂市——茨城の片田舎が世界の核融合首都になった日

茨城県那珂市。人口5万人。特産品は干し芋と納豆。……そして世界最大の超伝導トカマク

JT-60SAは、高さ15メートル、重さ2,600トン。内部のプラズマ温度は1億℃以上。それを取り巻く超伝導磁石は-269℃。この温度差——太陽の中心部の2倍熱いものと、絶対零度寸前のものを、わずか数十センチの距離で共存させる。那珂市の田んぼの真ん中で。

普通に考えておかしい。でも、それが人類のやることだ。

**「なぜ那珂市なのか」**という疑問が湧くかもしれない。答えはシンプルだ——広い土地があったから。核融合炉は地震に弱い。那珂市の地盤は固い。そして東京から100キロ。研究者が通える距離。

こうして那珂市は、フランスのカダラッシュ(ITER)、アメリカのリバモア(NIF)と並ぶ、人類の核融合三大聖地の一つになった。地元の中学生は修学旅行でJT-60SAを見学する。うらやましすぎる。

第3章:日本の核融合スタートアップ——「侍」たちが走り出す

アメリカにはCFSやHelionがいる。中国にはCFETRがある。日本は?

**いる。めちゃくちゃいる。**しかも、日本のスタートアップには独特の「職人気質」がある。

京都フュージョニアリング(Kyoto Fusioneering): 京大発。核融合炉の「心臓部」であるブランケットと熱利用システムに特化。世界の核融合スタートアップに部品を供給している。ITERにも採用。つまり——世界中の核融合炉に「京都の技術」が入っている。

Helical Fusion(ヘリカルフュージョン): 核融合研(岐阜県土岐市)発。トカマクではなく「ヘリカル方式」の炉を開発中。ドイツのWendelstein 7-Xと双璧をなす。トカマクより複雑だが連続運転に向いている。数少ない「トカマク以外」の実力派。

EX-Fusion(エクスフュージョン): 大阪大学発。レーザー核融合の商用化を目指す。NIFと同じレーザー方式だが、日本の「高速点火」技術で小型化・高効率化を狙う。2024年に世界初のレーザー核融合スタートアップとして上場。

長大(Arc): 超伝導磁石メーカー。ITERの超伝導コイルを実際に作っている。核融合炉の磁石は「世界で最も精密な電磁石」と言われ、長大の工場がその心臓部を生産している。

ほかにも、三菱重工、東芝、日立——日本のお家芸である「重電」と「精密機械」が、核融合で花開こうとしている。トヨタが核融合に参入する日も遠くないかもしれない。

第4章:日本が強い理由——「全部持っている」唯一の国

なんで日本がこんなに核融合に強いのか。

理由は3つある。

① 磁石が強い: 核融合炉の心臓は超伝導磁石だ。そして日本の超伝導技術は世界トップクラス。リニアモーターカーもMRIも超伝導だ。つまり日本は知らぬ間に核融合に必要な技術を磨き続けていた。

② 諦めない: 日本の核融合研究には「失われた30年」がない。なぜなら一度も「辞めた」ことがないからだ。1958年からずっと続けている。予算が減っても、ITER誘致に失敗しても、JT-60の火を消さなかった。

③ オイルショックの記憶: これは冗談抜きで大きい。1973年、日本は石油が止まって死にかけた。それ以来、日本人のDNAには「エネルギーは自分で作らなきゃダメだ」が刻まれている。原発も再エネも水素も——全部やってるのは、あのトイレットペーパー騒動を忘れてないからだ。

第5章:海賊・出光佐三——石油王が夢見た核融合

ここで出光佐三の話をもう少し。

出光佐三(1885-1981)は、福岡県宗像市の出身。日露戦争の年に20歳。満州事変の年に46歳。太平洋戦争の年に56歳。戦後はGHQににらまれながら、イランと直接取引して石油を日本に運んだ。その船は「日章丸」——日本の国旗を掲げたタンカーがペルシャ湾を航行したのである。

当時、石油メジャー(セブンシスターズ)に石油を依存する世界で、「独自調達」をやるのは正気の沙汰ではなかった。だから出光は「海賊」と呼ばれた。本人はそれを気に入っていたらしい。「海賊で結構。日本人に石油を届けるためなら何だってやる」。

その出光が、引退後に語った言葉がある。

「わしは石油を売ってきたが、石油はいつかなくなる。しかし人間はエネルギーを必要とし続ける。次は核融合だ。それを日本の若い者に託したい」

昭和の石油王が、令和の核融合を予言していた。しかも「日本の若者に託す」と。

出光興産は今も存続している。そして2023年、出光興産は核融合スタートアップへの出資を始めた。海賊の遺伝子は、ちゃんと受け継がれている。

第6章:俺たちの肩にかかる未来——2026年からの日本の挑戦

さて、ここからが本題だ。

日本の核融合はこれからどうなるのか。

2025年、JT-60SAが動き出した。これは「国内の成果」ではなく「世界のマイルストーン」だ。ITERが動く前に、日本がデータを取り、問題を洗い出し、解決策を世界に提供する。まさに「世界のトカマクの先頭走者」である。

2028年にはITERがファーストプラズマ。2035年にはD-T核融合運転。この間、JT-60SAはずっと補完的な実験を続ける。

2030年代後半には、日本独自の「原型炉」計画が本格化する。これは発電を目的とした実証炉で、ITERの次のステップだ。

そして2040年代——もし順調に行けば、日本初の核融合発電所が稼働する。場所はおそらく、那珂市か六ヶ所村。海賊・出光が夢見た「石油のない日本で、自分たちのエネルギーを自分たちで作る」が、ついに実現する。

僕たちは、その歴史的な瞬間を目撃する世代だ。

第7章:元気玉だ、核融合だ——半分ギャグ、全部本気

ここまで真面目に書いてきたが、ちょっと笑ってほしい。

僕は思うのだ。「元気玉」は核融合である、と。

ドラゴンボールの元気玉は、生きとし生けるものすべてから少しずつ「元気」をもらって作る。核融合も同じだ。海水から少しずつ重水素をもらい、それをドーナツの中でグルグル回して、すさまじいエネルギーを取り出す。

悟空が「みんな、オラに元気をわけてくれ!」と言って手を上げるあのポーズ。あれをJT-60SAの前でやったら、たぶん核融合は3年早く実用化する。

……いや、冗談だけど、あながち間違ってない。核融合は「みんなの力を合わせないとできない」ものなのだ。ITERには35カ国が参加している。JT-60SAは日本と欧州の共同プロジェクトだ。一国ではできない。人類全体でやるしかない。

だからこそ、僕は本気で思う。核融合こそが、分断された世界をつなぐ「元気玉」だ。

ロシアとウクライナが戦争していても、ITERの中ではロシア人研究者とウクライナ人研究者が一緒にプラズマを制御している。中国とアメリカが貿易戦争をしていても、核融合の論文は共有されている。

政治は人を分断するが、科学は人をつなぐ。そして核融合は、人類が共有できる最大の「科学の夢」だ。

最終章:君は出光になれる——未来へのバトン

この記事を読んでいる君に、伝えたいことがある。

出光佐三は、ただの人間だった。福岡の田舎から出てきて、裸一貫で会社を興し、世界中から「海賊」と呼ばれながら、日本に石油を届けた。その彼が最晩年に言ったのが「次は核融合だ」である。

つまり——君が次の出光になれる。

石油王になる必要はない。プログラマーでも、YouTuberでも、中学生でもいい。核融合に必要なのは「この国のエネルギーを、自分たちの手で作る」という気概だ。出光がペルシャ湾に飛び込んだように、君は核融合の世界に飛び込めばいい。

幸い、材料は全部揃っている。JT-60SAは那珂市で動いている。ITERは2028年に火が入る。京都のスタートアップは世界に部品を売っている。AIがプラズマを制御し始めている。

あとは——やる気だ。

元気玉を作るには、みんなの元気が必要だ。

手を上げろ。僕も上げる。

「みんな、オラに核融合をわけてくれ!」

……ちょっと違うか。でも、魂は伝わったはずだ。

那珂市で会おう。


この記事は note.com から KTBLOG に移行されました。元記事: https://note.com/famous_prawn2009/n/n939a763ece58