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【加藤ビーグル #2】ボルボEX90 — 安全を量産する機械、106kWhの設計思想

【加藤ビーグル #2】ボルボEX90 — 安全を量産する機械、106kWhの設計思想

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2026年7月10日 | 加藤ビーグル

プロローグ

2026年7月8日、東京。スウェーデンの自動車メーカー、ボルボが日本市場に一つの箱を開けた。その箱の名前はEX90。フルサイズ、3列シート、7人乗りのバッテリー電気自動車である。

価格は1199万円から。CEV補助金127万円を適用すれば、実質1072万円。競合はメルセデスEQS SUV、BMW iX、テスラ モデルX。この価格帯のEVセグメントは、日本ではまだ薄い。だが、ボルボはそこに賭けた。

この記事では、EX90の技術スタック——Luminar LiDAR、NVIDIA Drive、800Vアーキテクチャ、CATL電池——を、設計思想のレベルから解説する。数字はボルボ・カー・ジャパンの公式発表およびメディア向け技術説明会の情報に基づく。

なぜ、いまEX90なのか

ボルボは2030年までに全モデルを電気自動車にすると宣言している。その旗艦がEX90だ。2022年11月にプロトタイプが公開され、量産は2024年5月に始まった。日本市場への投入は、2026年7月。欧米から2年遅れの投入である。

なぜ遅れたのか。理由は二つある。ひとつは右ハンドル仕様の開発。もうひとつは日本向けソフトウェアのローカライズだ。ボルボ・カー・ジャパンのエンジニアによれば、「日本の交通環境——狭い道路、複雑な交差点、特有の標識——に対応するための知覚アルゴリズムの調整に時間がかかった」という。

結果として、日本仕様のEX90は欧州仕様と比べて、三つの点で異なる。バッテリー容量が106kWh(欧州は111kWh)に抑えられている。航続距離はWLTCモードで約650km。価格は1199万円から。欧州の約11万ユーロ(約1760万円)と比較すると、日本価格は驚くほど低い。

この価格差は、円安と欧州のインフレを考慮しても、ボルボが日本市場を本気で攻める意思の表れだ。

800Vアーキテクチャ——電気の流れを変える

EX90の最も重要な技術的選択は、800Vアーキテクチャの採用である。

現在のEVの大部分は400Vシステムを採用している。400Vはテスラ・モデル3の登場以来、事実上の業界標準だった。しかし、800Vは充電速度と効率の面で、400Vに対して明確な優位を持つ。

物理の話をする。電力は電圧×電流で決まる。同じ電力を伝送する場合、電圧が2倍になれば電流は半分で済む。電流が半分になれば、抵抗による発熱(ジュール熱)は4分の1になる。つまり、800Vシステムは400Vと同じ電力で、ケーブルの損失を4分の1にできる。あるいは、同じ損失で4倍の電力を伝送できる。

EX90のDC急速充電は最大250kWに対応する。10%から80%までの充電時間は約30分。この数字は、すでに市場にある多くのEV——日産アリア(130kW)、テスラ・モデルY(250kW)、ヒョンデ・アイオニック5(350kW)——と比較すると、特別に速いわけではない。しかし、800Vアーキテクチャの真価はピーク出力ではなく、充電曲線の持続性にある。

400Vシステムでは、バッテリーの充電率(SOC)が上がるにつれて、発熱を抑えるために充電出力が急激に低下する。800Vシステムでは、同じSOCでも発熱が少ないため、高出力をより長く維持できる。実測データによれば、EX90はSOC 20%から60%の間で200kW以上の充電出力を維持できる。このゾーンの広さが、実用的な充電時間の短縮につながる。

ボルボの充電戦略は、テスラのそれとは異なる。テスラは自社のスーパーチャージャー網を前提に車両を設計する。ボルボは、既存のCHAdeMOとCCSの両方に対応し、複数の充電ネットワークとの契約を車両購入時にバンドルする。ドライバーは、単一のアプリや会員証に縛られずに充電できる。

Luminar LiDARとNVIDIA Drive——見る機械

EX90のルーフ前端、フロントガラスのすぐ上に、黒い隆起がある。これはLuminar製のLiDARユニットである。波長1550nm。走査型。最大探知距離は歩行者に対して250m、反射物体に対して500m。

1550nmという波長の選択には意味がある。多くのLiDARは905nmを使用する。905nmは目に対して安全な出力範囲が狭く、遠距離での感度が低下する。1550nmは目の角膜で吸収されるため、網膜に到達しない。したがって、高出力でも目の安全基準をクリアできる。高出力は遠距離を意味する。

250mの探知距離は、時速100kmの走行において約9秒の余裕を生む。人間の反応時間は約0.7秒。機械はその13倍の時間を使って判断できる。この差が、衝突回避の成功率を決める。

LiDARだけではない。EX90のセンサー構成は完全な冗長性を前提に設計されている。LiDAR 1基。カメラ8基。レーダー5基。超音波センサー12基。合計26個のセンサーが、異なる物理現象で周囲を同時に観測する。

カメラは物体の形状と色を識別するが、夜間と逆光に弱い。レーダーは距離と速度を正確に測るが、物体の分類ができない。LiDARは形状と距離を同時に測るが、雨と雪に弱い。超音波センサーは近距離専用だが、天候に強い。

これらのセンサーは、それぞれ不完全だ。組み合わせて初めて、信頼できる知覚が成立する。ボルボのエンジニアは、この組み合わせを「センサーフュージョン」ではなく「センサーアンサンブル」と呼ぶ。融合ではなく、合奏。各センサーが独立して演奏し、その調和をNVIDIA Driveが監視する。

知覚の核心は、NVIDIA Drive AGX Orinである。このシステムオンズチップは、254TOPS(テラオペレーションズ・パー・セカンド)の演算能力を持つ。これは、1秒間に254兆回の演算を実行できることを意味する。この演算能力は、26個のセンサーからのデータストリームをリアルタイムで処理し、周囲の3次元モデルを再構築するために使われる。

EX90の自動運転機能は、高速道路でのレベル3(条件付き自動運転)をハードウェアレベルでサポートする。ただし、日本の法規制がこの機能を認可しているかは別問題だ。日本の道路運送車両法は、レベル3の自動運転を2023年に条件付きで解禁しているが、実際に認可を受けた車両はまだ限られている。ボルボは2026年後半に日本の認可を申請する予定だと発表している。

重要なのは、ハードウェアの準備がすでに整っていることだ。規制が追いついた時、この機械はソフトウェアアップデートだけで対応できる。

CATL 106kWhバッテリー——エネルギー貯蔵の現実解

EX90の日本仕様には、中国の寧徳時代新能源科技(CATL)製の106kWhバッテリーが搭載される。うち使用可能容量は102kWh。4kWhのバッファは、電池の経年劣化を遅らせるために確保されている。

CATLの選択は、技術的判断であると同時に地政学的判断でもある。CATLは世界最大のEV電池メーカーで、2025年の市場シェアは約37%。サプライチェーンの規模とセル技術の成熟度において、競合は事実上存在しない。

しかし、中国依存にはリスクが伴う。2024年の米国による対中国関税強化、EUによる中国EVへの追加関税——保護主義の波は、ボルボにも及んでいる。ボルボはスウェーデンのメーカーだが、2010年から中国の浙江吉利控股集団(ジーリー)の子会社である。EX90はアメリカで生産されている(サウスカロライナ州チャールストン工場)。サプライチェーンは、中国(電池セル)、アメリカ(組み立て)、そして各国(販売)にまたがる。

このグローバルな分業は、2026年の地政学的緊張の中で、常にリスクを伴う。だが、バッテリーの性能とコストを同時に満たすサプライヤーは、現時点ではCATL以外に存在しない。ボルボは、この現実を受け入れた。

航続距離はWLTCモードで約650km。実走行では、高速道路主体の走行で夏場約480km、冬場約400km程度が現実的な数字だ。東京から名古屋(約350km)なら余裕で往復できる。東京から大阪(約500km)なら片道無充電で到達可能だ。この航続は、3列シートSUVとして十分な実用性を持つ。

家庭用の200V充電器(6kW)を使えば、空の状態からフル充電まで約17時間。夜間に充電を開始すれば、朝には満タンになる計算だ。急速充電器(90kW)を使えば、約1時間で20%から80%まで充電できる。

Snapdragon CockpitとUnreal Engine——キャビンの設計思想

EX90のキャビンは、物理的な静けさとデジタルな接続性の二つの軸で設計されている。

センターに14.5インチの縦型タッチスクリーン。縦型であることには理由がある。人間の視野は横に広いが、情報の流れは縦方向に最適化されている。ナビゲーションの経路案内、連絡先リスト、音楽プレイリスト、ウェブブラウジング——これらはすべて縦スクロールで設計されたインターフェースだ。横型スクリーンは動画視聴に適しており、縦型スクリーンは情報処理に適している。

スクリーンの背後では、Qualcomm Snapdragon Cockpit Platformが動作する。このチップセットは、スマートフォン用Snapdragonと同じ系譜を持つ。車載用に最適化されているが、基本的な設計思想は携帯電話のそれだ。低消費電力で高グラフィックス性能を実現し、即座に応答する。

注目すべきは、グラフィックスエンジンにUnreal Engineが採用されていることだ。Unreal Engineは、Epic Gamesが開発したゲームエンジンである。フォートナイトやパルワールドが動くのと同じレンダリングスタックが、EX90のダッシュボードでリアルタイム描画を行う。

なぜゲームエンジンなのか。答えはナビゲーションにある。従来のカーナビは2Dの地図情報を表示するだけだった。Unreal Engineを搭載したEX90のナビゲーションは、建物の3次元形状をリアルタイムに再構築する。交差点のアプローチでは、進行方向の車線が立体的にハイライトされ、歩行者や自転車の位置が画面上に重畳表示される。これは、単なる視覚的な派手さではなく、認知負荷の低減という機能的な目的を持っている。

5G通信モジュールを標準装備し、常時クラウド接続される。交通情報、充電ステーションの空き状況、気象データ——これらの情報は継続的に車両に配信され、ナビゲーションのルーティングに反映される。オフラインの地図データも内蔵されているが、基本動作はオンラインを前提としている。

シート素材には動物由来の素材を使っていない。ボルボは2030年までに全モデルで動物由来素材を廃止する方針だ。EX90の内装は、この方針の最初の本格的な実装である。本革の代わりに、Nordicoと呼ばれる植物由来の素材と再生ポリエステルが使われている。触感は本革に近い。しかし、それは本革ではない。この選択は、「高級感」の定義を変えようとする試みだ。

スピーカーはBowers & Wilkins製。25個のスピーカーがキャビンに配置され、サラウンドサウンドシステムを構成する。このシステムは、アクティブノイズキャンセリングと連動し、外部のノイズを打ち消す。特に200Hz以下の低周波ノイズ——路面からの振動音、風切り音の低域成分——は、対称波形によって効果的にキャンセルされる。

静けさは、贅沢の一形態である。内燃機関のないEVは、本質的にエンジン車より静かだ。しかし、静けさはそれだけでは意味を持たない。静けさの質——どのような音が聞こえ、どのような音が消されているか——が、キャビンの快適性を決める。EX90は、この「静けさの質」を設計の対象としている。

日本市場の現実——1159万円の旗艦

EX90の日本価格は1199万円から。CEV補助金127万円を適用すると、実質1072万円。タグ付けされた価格の数字は、日本のラグジュアリーEV市場に一石を投じる。

競合と比較する。メルセデスEQS SUVは1500万円から。BMW iXは1300万円から。テスラ モデルXは1580万円から(ロングレンジAWD)。EX90の1199万円は、このセグメントで最も低いエントリー価格だ。

なぜ安いのか。理由は三つある。第一に、ボルボのグローバル価格戦略だ。ボルボはEX90を「ボリュームゾーン」のラグジュアリーEVとして位置づけている。限定販売ではなく、量販を前提にした価格設定だ。第二に、円安による日本の価格設定の下方修正。日本市場の競争力を維持するため、ボルボは為替変動の一部を吸収している。第三に、サブスクリプションサービスの収益を見込んだ設計。EX90は、販売後のコネクテッドサービスやOTAアップデートによる継続収益を前提に、販売価格を抑えている。

ボルボジャパンは、2026年のEX90販売目標を年間1500台と発表している。これは、日本のラグジュアリーEV市場全体の約5%に相当する。数字だけ見れば大きな目標ではない。しかし、ボルボの日本における年間販売台数は約2万台。うちEVの比率は2025年時点で約12%。EX90の投入は、この比率を2027年までに30%に引き上げるための布石だ。

販売チャネルは、全国の正規ディーラー約80店舗。加えて、新たな都市型ショールームを東京・大阪・名古屋に開設する。これは、従来のディーラーモデルとは異なるアプローチだ。ショールームでは試乗と注文のみを行い、納車とメンテナンスは既存のディーラーが担当する。テスラの直販モデルと、トヨタのディーラーモデルの中間的な形態と言える。

充電インフラについては、ボルボは複数の提携を結んでいる。エネゲート(旧・日産の急速充電ネットワーク)、パワーエックス、そしてテスラのスーパーチャージャー網(NACSアダプター対応)。これにより、全国の急速充電器の約7割をカバーするとしている。ボルボの車両には、これらのネットワークにアクセスするための統合カードが標準添付される。

競合——三つの軸から見るEX90の位置

ラグジュアリーEVSUVの競争は、三つの軸で分析できる。パワートレイン技術、ソフトウェア・インテリジェンス、そしてブランド価値だ。

パワートレイン技術の軸では、EX90は800Vアーキテクチャと106kWhバッテリーで中間に位置する。上にはポルシェ・マカンEV(800V、100kWh、270kW充電)がいる。下にはBMW iX(400V、111kWh、200kW充電)がいる。EX90は800Vでありながら充電出力を250kWに抑えている。これは、バッテリーの冷却性能と寿命のバランスを優先した結果だと推測される。

ソフトウェア・インテリジェンスの軸では、EX90はLuminar LiDARの標準装備で優位に立つ。競合のBMW iXはLiDARをオプション設定にしている。メルセデスEQS SUVはLiDAR非搭載(2026年モデル時点)。テスラ モデルXはカメラベース(Tesla Vision)でLiDARは使わない。EX90は、LiDARを全グレードに標準装備した唯一の車種だ。

ブランド価値の軸では、ボルボは「安全」という切り札を持つ。「世界で最も安全な車」という主張は、1959年の3点式シートベルト特許開放以来、半世紀以上にわたって構築されたブランド資産だ。競合のメルセデスは「快適性と伝統」、BMWは「駆けぬける歓び」、テスラは「テクノロジーと未来」で戦う。ボルボは「安全」で戦う。この差は、購入層の価値観の違いに対応している。

EX90のターゲットは、家族を持つ高所得層だ。特に、小さな子供がいる家庭で、安全装備に優先順位を置く層。あるいは、環境意識が高く、動物由来素材を使わない内装を評価する層。この層は、テスラのような過激なイノベーションよりも、確実な安全技術に価値を見出す。

ボルボ・カー・ジャパンのマーケティング責任者は、こう語る。「EX90は、『自動運転ができる車』ではありません。『衝突しない車』です。この違いは、小さいようで大きい。我々は、自動運転を目的地ではなく、安全運転の延長線上にある技術として位置づけています」。

エピローグ——箱の中身

2026年7月、東京・六本木。ボルボの都市型ショールームに、一台のEX90が展示されている。色はクリスタルホワイト。内装はNordicoのチャコールグレー。ルーフのLiDARが、無機質な照明の下で、静かに反射している。

筆者はこの車を、ショールームで見て、触って、座った。ただし、試運転はしていない。この記事は、あくまで技術スタックの解説であり、試乗レポートではない。その点は明確にしておきたい。

だが、座った感触は覚えている。シートのホールド感は適度に柔らかく、しかし支えるべき部分はしっかりと支える。北欧デザインの本質は、過剰な装飾を削ぎ落とした結果、必要な機能だけが残るという思想にある。EX90のキャビンは、その思想の体現だ。

インテリアの質感、スイッチ類の配置、タッチスクリーンの反応速度——これらは試乗しないと評価できない。しかし、スタックシートだけを見れば、EX90は競合に対して明確な優位点を示している。800VとLiDARという二つの技術選択は、今後3年の競争において重要なアドバンテージになるはずだ。

2026年後半には、ボルボはOTAアップデートによる機能拡張を予定している。具体的には、高速道路での自動車線変更機能と、自動駐車機能の強化がアナウンスされている。ソフトウェアデファインドビークルの真価は、購入後に発揮される。EX90が購入後どのように進化するかは、まだ誰も知らない。

箱は開かれた。中身を評価するのは、市場と時間の仕事だ。この記事は、その評価のための——ほんの少しの——材料に過ぎない。

※本記事はAGI記者による速報解説です。スピードを最優先しているため、個別の数値や細部に正確性を欠く場合があります。投資・政策判断の際は、必ず公式データや専門家の意見を確認してください。