128GB革命 #9 熱という名の敵——3分でクロックが半減する薄型筐体と、1MHzも下がらない奴
128GB革命 #9 熱という名の敵——3分でクロックが半減する薄型筐体と、1MHzも下がらない奴
夏の暑い日、車のエアコンを最強にすると、エンジンのパワーが明らかに落ちる瞬間があるんだよね。アクセルの踏み込みに対して反応が鈍くなるというか、車全体が少し気だるげになる。あれはエンジンの冷却とエアコンの冷却が同じラジエタりの容量を取り合ってるからで、物理的には「冷やす仕事が増えたぶん、走る仕事が減る」という単純な帳簿の話なんだよね。コンピュータにもまったく同じ帳簿がある。GPUは速く回れば回るほど熱を持ち、熱くなりすぎると壊れるから、自分で自分のクロックを下げて冷まそうとする。エアコンのブレーキを自分に掛ける車があると思ってほしい。これがスロットリング、熱という名の敵の正体だ。スペック表には載ってないけど、実機では必ず効いてくる、隠れた税率みたいなものなんだよね。
前回は「Macは帯域律速」という通説が、MoEの世界では演算律速に書き換わるという話をした。今日はそのさらに手前にある、マシンの地層みたいな話をする。どんなモデルを選ぼうが、どんな量子化を施そうが、最後に必ず顔を出すのが熱だ。帯域も演算も、全部の上に熱という上限が乗っかってて、その上限は機種と筐体で全然違う高さにある。題材は再びZennのkamo78さんの実測。3分間の連続decodeで何が起きるか、温度とクロックのテレメトリが全部残っていて、ピーク値の比較記事が見せてくれない地層がそこにはある。
3分で起きること——M5 Maxの実測
kamo78さんの熱テストの条件はシンプルだ。連続3分間のdecodeを、冷却なしで回す。そしてピーク速度じゃなくて、スロットリング後の速度を記録する。これが誠実な測り方なんだよね。ベンチの最初の30秒だけ取り出せば、どのマシンも冷えていて高得点を出せる。問題は、長文を書かせ続けたときに何が起きるかだ。
数字を見てみよう。M5 MaxのMacBook Pro(薄型筐体)で、Qwen3.6 35B(MoE)を回すと、温度は44度から98度まで上がり、GPUクロックは1620MHzから1525MHzへ下がって、decode速度はマイナス13.1%。続いてGemma4 31B(Dense)だと、温度は43度から93度、クロックは1299MHzから690MHzまで落ちて、速度はマイナス29.8%。クロックがほぼ半分だ。MoEの13%減も痛いけど、Denseの30%減はもはや別次元の劣化なんだよね。
なぜDenseのほうが傷が深いか。答えは前回の話とつながってる。Denseは帯域律速で、そのために演算ユニットを休みなく全開で回し続ける。発熱が大きくて、クロックを大きく削らないと熱収支が合わない。マラソンで全程全速力で走る選手は、最初の3キロだけは誰より速いけど、終盤に歩き出す。MoEはインターバル走で、演算と読み出しの間に小さな呼吸がある。3分という距離なら、全速力型の劣化が先に表面化するのは当然の帰結なんだよね。一方MoEは演算律速とはいえ15〜22%しか帯域を使わないぶん、まだ余裕のある働き方をする。つまり「働き方の違い」が「熱の付き方の違い」として現れるんだよね。同じマシン、同じ3分間でも、載せるモデルの構造で劣化の深さが2倍以上変わる。
RTX 5090は1MHzも下がらない
対してRTX 5090の実測がこれだ。同じ3分間、同じモデルで、温度は45度から49度、クロックは2325MHzのまんま固定、decode劣化はゼロ、むしろプラス2.6%。Gemma4 31Bでも44度から64度、クロック2332MHz固定で劣化なし。3分間でクロックが1MHzも下がらない。
なぜそんなことが可能なのか。理由は単純で、デスクトップGPUの冷却はマシン語で言えば「余裕の設計」だからだ。大きなファン、大きなヒートシンク、そして何よりケースの中の広い空気。冒頭の車で言えば、エンジンルームが丸ごと一回り大きくて、ラジエーターも予備が付いてる状態。エアコンを最強にしてもパワーが落ちない車があるとしたら、それは運転の上手さじゃなくて冷却容量の問題なんだよね。5090のテスト環境はWSL2経由だったけど、それ以前に冷却容量の桁が違う。MacBook Proの薄型筐体は、ファンが小さくて放熱面積が狭くて、排熱経路が薄いアルミの板に頼ってる。614 GB/sの帯域を誇るマシンが、熱の前では90度越えで足を引っ張られる。帯域の帳簿と熱の帳簿は、別の帳簿なんだよね。
ここで前回の「42度の札」の比喩を思い出してほしい。ピークトーク/sのスペック表は、冷えた状態の札にすぎない。実際の仕事、たとえば小説を丸ごとローカルで書かせるとか、長い会議の文字起こしを一晩で処理するとか、そういう連続稼働の世界では、3分後のクロック曲線のほうがピーク値よりずっと大事になる。スペックの札は、湯船ごとの実際の温度じゃないんだよね。
kamo78さんの結論と、Mac Studioの意味
このテストの末尾でkamo78さん自身が結論を書いてる。「Mac Studioにしておけば良かったかも」と「冷却台を買う」だ。実測を積み上げてきた本人が、筐体の選択を少し後悔してる。この正直さが、実測派の書き手の価値の源泉なんだよね。
ここで思い出してほしいのが、この連載の第1回で地図として示した4層のエコシステムだ。ノートのMacBook Pro、デスクトップのMac Studio、そして中身のモデルと、数字を記録するコミュニティ。熱の実測は、この地図の「どこに置くか」という一番地味なレイヤーの意思決定を、数字で裏取りする作業になる。たとえばMac Studioなら、筐体の容積が段違いに大きくて、ファンも大きくて、熱の帳簿が段違いに楽なのと同じで、計算の余裕がそのまま性能の余裕になる。33.3万分之一の細かい話じゃない。買う前に「3分後の速度」を知るかどうかで、毎日の体感速度が3割変わるんだよね。
だからノート派は即座に負けかというと、そうでもないのが面白いところで、次の数字を見てみよう。帯域の帳簿だけで言えばM5 Maxは5090に2.0〜2.8倍のdecode差をつけられてる。でも128GBの容量の壁があるから、DeepSeek V4 Flashは載らない。じゃあ熱の帳簿はどうか。ノートは3分で足を引っ張られ、デスクトップは余裕。この3つの帳簿(帯域・容量・熱)のすべてを同時に満たすマシンは、実は存在しないんだよね。存在するのは「どの帳簿を重く見るか」という選択だけだ。そして今日の主役は、3つ目の帳簿、もっとも後回しにされがちな熱の話だ。モバイルで運用したいなら熱は受け入れる。81GBのフロンティアを動かしたいなら熱は譲れない。全部欲しいなら、Mac StudioかデスクトップGPUという出費と引き換えになる。
今日からできる熱対策
実践の話をしよう。すでにMacBook ProでローカルLLMを回してる人が今日からできることは3つある。
まず、ベンチの見方を変えること。tok/sのピーク値だけ書いてある投稿は、「冷えた状態の札」を読んでるだけかもしれない。連続稼働の数字が欲しいなら、監視ツールを自分で付けるのが早い。kamo78さんの使うmactopはMacのGPUクロックと温度をリアルタイムで見られるツールで、これを横に置いて推論を回すと、スロットリングの瞬間が目で見える。開いた瞬間にクロックの数字が目減りしてたら、そのマシンはすでに戦闘態勢じゃない。数字の隣に条件が書いてある投稿だけを信頼する、前回の原則の応用だ。
次に、物理的な対策。冷却台は最も安価な選択肢だ。数千円で買えて、設定も何もいらない。テレメトリで測った劣化がマイナス29.8%ある環境で、底面から風を送るだけでクロック曲線がどう変わるか、確かめる価値は十分ある。測定前後でmactopのクロック記録を並べて比較すれば、それ自体が自分専用の実測レポートになるんだよね。エアコンの効いた部屋で回す、夏の午後の直射日光を避ける、みたいな当たり前のことも、熱の帳簿では立派な対策になる。キーボードの上側が熱いと感じたら、それはGPUが助けを求めてる合図だ。
最後に、モデル選びへの逆輸入。MoEの熱劣化がマイナス13.1%でDenseがマイナス29.8%という数字は、「長時間連続稼働する仕事にはMoEを割り当てる」られるという判断の根拠になる。バッチ処理で一晩回す仕事、対話で数分ずつ回す仕事。熱の帳簿を仕事の種類で割り振ると、同じ128GBマシンの使い方が変わってくる。夜中に200ページの資料を読み込ませるならMoEで劣化13%を許容し、昼間の対話エージェントは数分で休むからDenseでも劣化30%が実害になりにくい、みたいな割り振りだ。熱は敵だけど、敵の動きがテレメトリで全部見えるなら、それはもう敵というより、管理すべき資源なんだよね。
数字で終わらせる。3分で98度、クロック半減、Denseでマイナス29.8%。対する5090は49度、クロック固定、劣化ゼロ。ピークのtok/sを百回眺めるより、3分後のクロック曲線を一度見るほうが、買ってから後悔しない道だと思う。ピーク値は広告で、継続値は実力。かっこいい数字より、熱い午後の数字を見よう。
次回は「ノート筐体の呪い」——薄型MBPとMac Studioの冷却構造の違いと、44度から98度への上昇カーブをさらに深掘りする。