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【芸術って何だろ? #688】Winslow Homerの版画と絵画が「再会」するランドマーク展 — 一人の画家の中で「原画」と「複製」はどう向き合い直すのか

【芸術って何だろ? #688】Winslow Homerの版画と絵画が「再会」するランドマーク展 — 一人の画家の中で「原画」と「複製」はどう向き合い直すのか

なぜ今、「版画のホーマー」なのか——展覧会の背景と意義

ウィンスロー・ホーマー(Winslow Homer)と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、海や海辺の人びとを描いた油彩や水彩でしょう。しかし十九世紀のアメリカでは、彼はまず版画家として世に知られた存在でした。『ハーパーズ・ウィークリー』などの図入り雑誌に掲載された木口木版の挿絵は、当時の人びとにとって絵を見るための主要な手段であり、ホーマーの名前を広めた土台となりました。

それにもかかわらず、後世の評価は絵画に偏りがちで、版画の時代は前史として扱われることが多かったように見えます。一人の画家の中に「版画で描かれたホーマー」と「絵画を描くホーマー」という二つの顔が並び立つ展覧会は、その構図そのものを問い直す機会になるはずです。

「なぜ今」なのかという問いへの答えは、大きく二つ挙げられると考えられます。一つは、原画と複製の境界がデジタル技術で揺らぐ現代において、絵画と版画を横断して生きた画家の実例が示唆を与えてくれるという視点です。もう一つは、版画を「絵画の前段階」ではなく独立した表現として見直す流れが、美術史の中で徐々に力を増してきたという文脈です。これらは資料から断定できる事実というより、展覧会の意義を考えるうえでの筆者の読み解きです。

版画と絵画が一つの会場で「再会」するという設定は、画家論としてだけでなく、複製技術と美術の関係を考える格好の入口になるでしょう。

木口木版で刷られた『ハーパーズ・ウィークリー』の挿絵には、手をつないで走る子どもたちの姿が刻まれており、次節で追う版画時代のホーマーの仕事を思わせます。
木口木版で刷られた『ハーパーズ・ウィークリー』の挿絵には、手をつないで走る子どもたちの姿が刻まれており、次節で追う版画時代のホーマーの仕事を思わせます。

(写真: Snap-the-Whip – Drawn by Winslow Homer (Harper’s Weekly, Vol. XVII) MET DP860371 — Winslow Homer / Harper’s Weekly / CC0, Wikimedia Commons)

木口木版という仕事——『ハーパーズ・ウィークリー』時代の版画を追う

ウィンスロー・ホーマーの名が最初に広まったのは、油彩や水彩の絵画を通じてではありませんでした。若いホーマーは版画下絵の制作者として『ハーパーズ・ウィークリー』誌に関わり、そこで多数の図版を手がけたとされています。木口木版は、画家が描いた下絵をもとに、専門の彫り師が硬い木の断面に彫刻刀を走らせて版を作り、それを紙に刷るという分業の仕事です。当時の週刊誌では、写真を印刷に載せる技術がまだ十分でなかったため、報道や風俗の話題を版画にして読者に届ける必要があり、版画はまさにメディアの中核を担う表現でした。

ここで注目したいのは、ホーマーの役割が彫りではなく下絵の設計にあったという点です。彫り師が刷り上がりの線を最終的に決める分業のなかで、下絵を描く側に何が求められるのか。明暗の配分や線の密度を、刷りの結果まで見通して決める力です。この経験が、のちの絵画における「観る眼」を鍛えたのではないかと考えるのは推測ですが、版画時代の仕事が絵画とは異なる条件のものであったこと自体は、当時の木口木版の仕組みから確認できる事実と言ってよいでしょう。

言い換えれば、『ハーパーズ・ウィークリー』時代のホーマーは、一枚の絵を独力で完成させる画家というより、印刷という複製の現場に組み込まれた制作者でした。原画と複製が敵ではなく協働の関係にあった時代の実務を、この展覧会はホーマーという一人の画家を通じて見せてくれます。会場で版画に向かうとき、彫り師との分業を意識してみると、線の質感の見え方が変わってくるのではないでしょうか。

『スナップ・ザ・ウィップ』と題された版画は、列になって手をつなぎ倒れる子どもを描いたもので、版画で鍛えた観察眼が絵画へ引き継がれる過程を考えさせてくれます。
『スナップ・ザ・ウィップ』と題された版画は、列になって手をつなぎ倒れる子どもを描いたもので、版画で鍛えた観察眼が絵画へ引き継がれる過程を考えさせてくれます。

(写真: ‘Snap-the-whip’ (Boston Public Library) — BPL / Public domain, Wikimedia Commons)

油彩と水彩への転回——版画で鍛えた「観る眼」の行方

ウィンスロー・ホーマーは、『ハーパーズ・ウィークリー』での木口木版画の仕事を経て、油彩と水彩へと活動の中心を移していきました。この転回は、媒体の単純な乗り換えではなく、版画時代に磨かれた観察の方法が、絵画という別の表現へと引き継がれていった過程だと見ることができます。

木口木版は、原画を彫師が版に翻訳するという共同作業を前提とした媒体です。ホーマー自身も絵筆だけでなく、版になることを想定した線の設計を迫られていたはずです。光と影をどの線で切り分け、何を省略して形を立てるか。そうした訓練は、後の絵画における構成力として発揮されたと考えられます。ここは資料上の断定というより、二つの仕事の連続性を読み取る上での推測ですが、版画で鍛えられた「観る眼」が油彩や水彩の画面を支えている、という見方は本展の見どころの一つとして提示されているといえます。

実際、本展では版画と絵画を並べて見られる構成が採られており、同じモチーフや構図が媒体を越えて反復・展開する様子を比較できます。線の世界から色彩の世界へ移ったときに、ホーマーが何をそのまま保ち、何を手放したのか。並置によってその差分が浮かび上がるはずです。

水彩は、描くスピードや透明感の点で、木口木版の緻密な線とは対照的な表現です。しかし対照的だからこそ、版画時代の観察眼が逆に際立って見える場面もあるのではないでしょうか。原画と複製、線と色彩という二項対立で片付ける前に、一人の画家の眼がどう移ろいながら磨かれていったのかを、この節では追いかけていきます。

1873年に『ハーパーズ・ウィークリー』誌に掲載された木版画は、列で走る子どもたちの遊びを線だけで描いており、線と色彩の対比から読み解く格好の例となるでしょう。
1873年に『ハーパーズ・ウィークリー』誌に掲載された木版画は、列で走る子どもたちの遊びを線だけで描いており、線と色彩の対比から読み解く格好の例となるでしょう。

(写真: Winslow Homer, Snap the Whip, 1873. Wood engraving — Winslow Homer / Public domain, Wikimedia Commons)

原画と複製は敵対しない——一人の画家の中で交差する二つの表現

ウィンスロー・ホーマーという画家を考えるとき、「原画」と「複製」を敵対関係として捉える見方は、かえって彼の実態から遠ざかるように思われます。木口木版が主流であった時代、画家と版元と彫り師の協働によって生まれた版画は、絵画の単なる縮小版ではなく、当時の視覚文化に向けた一つの独立した表現形態でした。絵の内容を広く伝達する媒体として版画が置かれていた以上、そこには複製する側とされる側という単純な上下関係は成り立ちにくいと考えられます。

さらに注目したいのは、後年の油彩や水彩が、版画を通じて鍛えられた観察の眼を土台にしていると考えられる点です。そうだとすれば、両者は一人の画家の中で連続しながら、互いを照らし合う関係にあると言えるでしょう。版画は絵の内容を多くの人へ届ける装置として働き、絵画はその眼の帰着点として深みを増していく。こうして見ると、ホーマーのキャリアにおいて「本物」と「写し」は取り替え可能な優劣の関係ではなく、役割の異なる二つの表現として交差していたと捉えられます。

提案として述べるなら、展覧会を観るときも、原画の前で版画を否定したり序列をつけたりするのではなく、版画が果たした伝達の役割に思いを馳せることが、当時の美術のありようを理解するための確かな手がかりになるのではないでしょうか。

田舎の校舎の前で手をつないで走る子どもたちを彫った木版挿絵は、伝えるための版画と深みを増す絵画が交差する関係を示す好例といえます。
田舎の校舎の前で手をつないで走る子どもたちを彫った木版挿絵は、伝えるための版画と深みを増す絵画が交差する関係を示す好例といえます。

(写真: “Snap-the-Whip” (9 boys playing in front of rural schoolhouse) LCCN99614195 — Miscellaneous Items in High Demand, PPOC, Library of Congres / Public domain, Wikimedia Commons)

『芸術って何だろ?』編集部

元記事: https://note.com/keity717/n/n2dff4c4f6c23