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【現代古代史 #160】給料という約束————労働の対価を月にまとめて約束する仕組みの誕生

【現代古代史 #160】給料という約束————労働の対価を月にまとめて約束する仕組みの誕生

月という単位で支払うという未来からの奇異な約束

給料とは、労働の対価を月ごとにまとめて後から受け取るという約束である。あらためてこの約束を外側から眺めると、奇妙な性格が見えてくる。働く側は一か月分の労働を先に差し出し、受け取るのはその後である。日雇いの賃金なら、その日の働きにその日の対価が対応する。出来高払いなら、成果の量に応じて対価が決まる。いずれも労働と支払いの距離が近く、約束の範囲も狭い。ところが月給制では、労働と対価のあいだに一か月という時間が横たわり、未来への支払い約束が初めて労働の中心に座ることになる。

考えてみれば、月ごとにまとめて払うという発想は、働く側にとっても支払う側にとっても一種の賭けである。働く側は自分の労働力を一か月分まとめて譲り渡す見返りとして支払いを信頼しなければならず、支払う側はまだ終わっていない労働の総体にあらかじめ額を約束しなければならない。つまり月給制とは、対価の計算方法であると同時に、見えない未来を両者が引き受ける契約でもあるのだ。

この節で描きたいのは、その奇異さの正体である。私たちは給料をあまりに日常的に受け取っているため、月という括りそのものが当然のものだと感じている。しかし歴史の起点に立ってみれば、日銭と月決めのあいだには質的な断絶がある。対価が日ごとに精算される世界では、労働と生活の計算は現在だけで閉じる。月決めの世界では、人は一か月先を見通して暮らし、約束の履行を信じることを生活の前提に置く。未来への信用が、賃金の受け取り方そのものに組み込まれたのである。給料の起源をたどるとは、人類がいつ、どのようにしてこの未来への約束を受け入れるようになったのかを確かめる作業にほかならない。以下、その最初の一歩から順にたどっていこう。

8 track tapes at a flea market
8 track tapes at a flea market

(写真: 8 track tapes at a flea market — Bill / CC BY 2.0, Wikimedia Commons)

日銭から月決めへ――月給制はどう始まったか

労働の対価を「月」という単位でまとめて受け取る――現代の私たちには当たり前に見えるこの仕組みも、歴史の流れの中では、むしろ特異な約束だった可能性があります。

この事物の起源をたどる手がかりとなるのは、俸給、日雇い賃金、月給制の成立という三つの概念です。人々が労働の見返りを受け取るかたちとして古くから広く見られたのは、働いた日数に応じてその都度支払われる日雇い賃金でした。この方式では、対価は労働の終了とほぼ同時に完結します。働けばその日に金を受け取り、働かなければ受け取らない。労働と報酬の関係が、きわめて短いスパンで閉じていたのです。

これに対して俸給は、性質の異なる支払いかたでした。俸給という言葉が示すのは、日々の出来高とは切り離された、定期的にまとまって受け取る対価です。支払いの単位が日から月へ移ると、労働と報酬のあいだに「時間差」と「信用」が介在します。労働者は月の終わりを待って報酬を受け取り、使用者は一定期間の労働を約束して雇う。月給制の成立とは、単なる支払い方法の変更ではなく、労使のあいだに期間単位の相互の約束を結ぶ関係が生まれたことだと言えます。

注意したいのは、日銭から月決めへの移行が一挙に、あるいは全面的に起きたと断定できる資料が、この節では示されていない点です。いつ、どこで、どのように月給制が広まったのかを具体的に語ることは、現時点ではできません。確かに言えるのは、「俸給・日雇い賃金・月給制の成立」という流れが歴史的手がかりとして存在する、という以上のことではないのです。

それでも、この変化の意味は考えられます。日雇いの賃金が労働の一つひとつに応じて払われたのに対し、月給は労働を月という枠で束ね、対価をまとめて先の約束として扱います。対価の受け取り方が日銭から月決めへ変わったこと自体は事実として示されており、それが労働と生活のリズムを月単位で整理する出発点になったと見るのは、資料の示す流れから自然な推測と言えるでしょう。この約束がもたらしたものについては、次の節であらためて見ていきます。

定期的な対価が生んだ安定と従属の変質

日雇いの日当は、その日働いてその日受け取る対価でした。働かなければその日の収入はなく、反対に働けばそのぶんがすぐ手に入る。対価と労働の距離が近く、働く側は比較的自由に出入りできる一方、収入の見通しは常に先の見えないものでした。

これに対して月給制が成立し、労働の対価を一か月という単位でまとめて支払う約束が広まると、働く側の暮らしの相貌は大きく変わります。月末に決まった額が入るという見通しは、日々の日当では得がたい安定をもたらしました。食費や住まいの費用を一か月単位で組み、先々を見据えた暮らしが立てやすくなる。支払いを待つ期間を耐え抜く代わりに、生活の予測可能性という新しい利益を手にしたと言えます。

しかし支払う側にとっても、月決めは単なる便利な仕組みではありませんでした。一か月分の前払いあるいは後払いという約束は、労働者を一定期間その組織に留めておく力を持ちます。日雇いならば気に入らなければ翌日来ないこともできたのが、月給では一か月の暮らしがその対価に結びつくため、職を離れることの重みが増します。安定と同時に、組織への結びつきが強まり、従う関係が生まれやすくなったのです。

俸給として定期的に対価を与えるという約束は、もともと主従の関係を結ぶ手段としても機能してきました。一定額を定期的に捧げることで忠誠を確保し、仕える者は生活の基盤を得る。月給制はこうした古い約束の形を、より大きな組織の規模で引き継ぐものになったと見ることができます。つまり月給が生んだのは、働く側の自立の拡大と同時に、組織という枠への埋め込みでもあったのです。定期的な対価は暮らしを支える土台であるとともに、その土台から離れがたくする鎖の一本ともなった。約束の持つ両義性が、ここで明瞭になります。

未来の人類へ――約束としての給料を読み解く注釈

ここまで見てきたように、給料とは労働の対価を月という単位にまとめて支払うという、一種の約束です。この節では、読み解く際の注釈として、いくつかの視点を提示してみたいと思います。

第一に、給料を「約束」として見る視点です。日給や出来高払いがその都度の労働と交換の関係にあるのに対し、月給はあらかじめ決められた額を後からまとめて受け取る仕組みです。働く側は給料日前に未来の労働を先に差し出し、支払う側はその労働をまとめて清算します。つまり月給制とは、未来に対する信頼を前提にした契約だと言えます。この約束が機能する限り安定が生まれますが、約束の性格を読み取らずに「当然の制度」として受け取ってしまうと、その起源に思いを馳せる機会を失ってしまいます。

第二に、変質をたどる視点です。日雇いの賃金や俸給といった別々の形で存在していた対価の支払いが、月決めの形へと整理されていった歴史を押さえておくと、現代の給与制度が唯一の形ではなく、推移の中の一つの形だと分かります。制度は一度できたら不変のように見えますが、起源をたどれば人の工夫と取引の実務から生まれたものです。

第三に、現代の在り方を相対化する視点です。安定と従属が表裏で推移したという歩みを知ることは、現在の働き方を評価するときの物差しになります。ただしここで述べたのは読み解くための視点の提案です。どの視点を手がかりにするかは、読者一人ひとりの関心に委ねられるという留意点も添えておきます。

起源を知ることは、当たり前だと思っていた事物の見え方を変えてくれます。給料という毎月の約束も、その歴史を通してみれば、まったく別の相貌を見せてくれるはずです。

『現代古代史』編集部

元記事: https://note.com/keity717/n/na7522b67ff06