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【加藤宇宙開発ニュース #87】再利用の時代が加速する——Falcon 9 36回目の飛行と中国Long March 10B初飛行が示す軌道の経済学

2026年7月11日 | 加藤宇宙開発ニュース

36回——Falcon 9が叩き出した新記録の意味

2026年7月9日、ケープカナベラル宇宙軍基地。SLC-40発射台から灰色の煙が立ち上り、Falcon 9 Block 5が上昇した。機体番号B1078。この個体は36回目の軌道投入だった。Falcon 9の設計寿命は10回。それを3.6倍超えてなお、機体は正常に作動した。

通常の航空機であれば、36回の飛行など日常的だ。旅客機は1日に数回飛ぶ。しかしロケットは違う。液体酸素とケロシンを燃焼し、マッハ9で大気圏を再突入し、逆噴射で機体を減速させる。この過酷なサイクルを36回耐えた機体が存在するという事実は、ロケット工学のパラダイムシフトを意味する。

SpaceXは2026年現在、約30機のFalcon 9ブースターを運用している。そのうち15機以上が15回以上の飛行経験を持つ。打ち上げペースは年間140回以上。Falcon 9は事実上、世界で最も稼働率の高い「宇宙トラック」になった。

内部のデータによれば、B1078のエンジン(Merlin 1D)は累計で約43万秒間燃焼した。これは約5日間に相当する。燃焼室内の圧力は100気圧を超え、ターボポンプは毎分数万回転で作動する。この機械が36回の打ち上げに耐えたということは、ロケットエンジンが「使い捨て部品」から「耐久消費財」に変わったことを意味する。

Long March 10B——中国の再利用への第一歩

そのわずか21時間後、地球の反対側。中国・文昌宇宙発射場。新型ロケット「Long March 10B」が初飛行を行った。中国初の再利用可能な軌道投入ロケットだ。2026年7月10日04時15分(UTC)。文昌宇宙発射場LC-2。

このロケットは中国航天科技集団(CASC)が開発した中型再利用可能ロケットだ。全長約65メートル。低軌道(LEO)への打ち上げ能力は約14トン。Falcon 9の22.8トンには及ばないが、第1段の垂直着陸を前提に設計されている。

Long March 10Bの特徴は、エンジン構成にある。第1段にはメタン・液体酸素エンジン「YF-215」を9基搭載する。これはSpaceXのRaptorエンジンと同じ燃料構成だ。メタンは燃焼後、カーボン堆積が少なく、エンジンの再使用に適している。中国はこのエンジンで、Falcon 9のMerlinエンジン(ケロシン・液体酸素)とは異なる技術路線を選択した。

第1段は分離後、逆噴射を開始し、着陸脚を展開した。結果は——部分的成功。着陸直前でエンジン推力が不安定になり、機体はやや傾いた状態でパッドに接触した。しかし、中国は「再利用技術の実証に成功した」と発表した。外部の追跡データによれば、着陸直前のエンジン推力が不安定になり、機体は完全な垂直ではなかった。それでも、中国の宇宙開発史において「初めて戻ってきたロケット」になる可能性があった初飛行が着陸に近づいたという事実自体が、中国の再利用技術がフェーズ1を通過したことを示している。

2つのアプローチ——ケロシン対メタン、技術選択の分岐点

Falcon 9が成功した要因の一つは、エンジン設計のシンプルさにある。Merlin 1Dはガス発生器サイクルを採用している。これは最も古典的なロケットエンジンサイクルで、燃焼室から取り出したガスでターボポンプを駆動する。構造が単純で、部品点数が少ない。その結果、製造コストが低く、メンテナンスが容易だ。

一方、Long March 10BのYF-215は、より複雑な「フルフローステージド・サイクル(FFSC)」を採用している。これはSpaceXのRaptorと同じサイクルで、燃料と酸化剤の両方を別々のターボポンプで加圧し、両方をガスとして燃焼室に送り込む。理論的には最も効率的なサイクルだが、制御が極めて難しい。

中国がYF-215にFFSCを選んだ理由は、長期的なビジョンにある。中国は2030年代までに再利用可能な大型ロケット「Long March 9」の運用を計画している。Long March 9は完全再使用型で、第1段に31基のエンジンを搭載する。その技術実証として、YF-215のFFSCは必要不可欠なステップだ。

SpaceXの路線は「実用優先」。既存の技術で可能な限り低コストを追求する。中国の路線は「技術先行」。将来の大型ロケットに向けた技術確立を優先する。どちらが正しいかは、まだ判断できない。

打ち上げ市場の構造変化——年間150回の時代

2026年の世界の軌道打ち上げ回数は、年間約250回に達する見込みだ。そのうちSpaceXだけで180回以上を占める。残りの70回を、中国(約40回)、ロシア(約10回)、その他(約20回)が分担する。

この数字が示すのは、SpaceXの圧倒的な支配力だ。しかし同時に、中国の急成長も見逃せない。2020年の中国の打ち上げ回数は年間39回だった。2026年はそれと同等か、やや上回る程度。しかし、Long March 10Bの登場により、中国の打ち上げ能力は質的に変化する。再利用可能ロケットが加われば、打ち上げコストは3分の1から5分の1に低下する。

欧州宇宙機関(ESA)の立場は苦しい。Ariane 6は2025年に初飛行したが、コスト競争力でFalcon 9に及ばない。再利用可能ロケット「Themis」の開発はまだ初期段階だ。日本もH3ロケットの打ち上げを継続しているが、年間の打ち上げ数は数回程度。世界の打ち上げ市場は、米中2極体制に収斂しつつある。

ブースター再利用の経済計算——36回目の打ち上げは何をもたらすか

Falcon 9の1回の打ち上げ価格は、約6,700万ドル(商業用)。そのうち、第1段ブースターの製造コストは約3,000万ドルと推定される。ブースターを10回再利用すれば、1回あたりの製造コストは300万ドルに低下する。36回なら、80万ドル強だ。

しかし、これは単純計算に過ぎない。実際には、ブースターの検査・整備コストがかかる。36回目の飛行では、エンジンの部分交換や配管の点検が必要になる。SpaceXはこれらのコストを公表していないが、業界の推定では、1回あたりの整備コストは50万〜100万ドル程度と見られる。

それでも、使い捨ての場合と比較すると、コスト削減効果は明白だ。使い捨てロケットでは、1回の打ち上げごとに3,000万ドルのブースターが失われる。再利用36回目では、ブースターの減価償却費は1回あたり80万ドル。整備費を加えても、200万ドル未満に収まる。差額は2,800万ドル。この差がSpaceXの価格競争力の源泉だ。

中国もこの経済計算を理解している。Long March 10Bの製造コストは、中国国内生産の特性から、Falcon 9より低い可能性がある。しかし、再利用技術の初期投資は大きい。着陸制御システム、着陸脚、耐熱材、点検設備——すべて一から構築する必要がある。中国はこの投資を、長期的な打ち上げコスト削減で回収する計画だ。

技術的課題——36回到達の代償

B1078の36回目の飛行は記録的だが、課題も明らかになった。打ち上げ後の点検で、第1段のMerlinエンジンのうち2基に、ノズル内部の微小なクラックが見つかった。36回の熱サイクルによって、金属疲労が進行していたのだ。

SpaceXはこの問題を、エンジンの部分交換で対応した。Falcon 9のエンジンは、機体から取り外して交換できる設計になっている。この「モジュール交換方式」が、長期再利用の鍵だ。故障した部品だけを交換し、機体全体は使い続ける。36回目の飛行でこの方式が機能したことは、Falcon 9が「50回飛行」の可能性も持つことを示唆している。

一方、Long March 10Bの課題はより根本的だ。中国はYF-215エンジンの信頼性を向上させる必要がある。初飛行での着陸失敗(または部分的成功)は、エンジンのスロットル応答性と着陸制御アルゴリズムに問題があることを示している。修正には、おそらく数回の追加試験飛行が必要になる。

両者のアプローチの違いは、「進化か革命か」という古典的な技術戦略の対立に集約される。SpaceXは既存のFalcon 9を改良し続け、累積データを蓄積して信頼性を高めた。中国は新設計のロケットで一気に再利用に挑戦した。どちらが持続可能かは、今後2〜3年のデータが明らかにする。

衛星コンステレーションへの波及効果——打ち上げコストが変えるビジネスモデル

再利用ロケットの経済効果は、打ち上げ事業者だけのものではない。最大の受益者は、衛星コンステレーションを運用する企業だ。

SpaceXのStarlinkは、2026年現在約1万800基の衛星を軌道上で運用している。従来の打ち上げコストでこれを実現することは不可能だった。1基のFalcon 9打ち上げで約60万ドル(1衛星あたり)という低コストが、Starlinkのビジネスを成立させている。

AmazonのProject Kuiperも同様だ。2026年7月2日、ULAのAtlas V 551が29基のKuiper衛星を打ち上げた。しかし、これはAtlas Vの551構成としては最終飛行だった。今後は、Amazonが契約した83回の新型ロケット打ち上げ(New Glenn、Vulcan Centaur、Ariane 6)に移行する。これらのロケットの多くが再利用可能であり、打ち上げコストはAtlas Vの35%程度に低下する見込みだ。

中国のQianfan(千帆)コンステレーションも、Long March 6Aと8Aを使って急速に展開している。7月4日と5日だけで、合計38基のQianfan衛星が打ち上げられた。中国の狙いは、2027年までに1,000基、2030年までに15,000基の衛星を軌道に配置することだ。この目標を達成するには、Long March 10Bの再利用化が不可欠になる。

打ち上げコストが1桁下がれば、宇宙ビジネスの方程式は変わる。通信だけでなく、地球観測、軌道上製造、宇宙太陽光発電——これまで採算が合わなかった事業が、現実的な選択肢になる。

今後の見通し——2028年までの宇宙輸送地図

2026年半ば現在、宇宙輸送業界は次のフェーズに入ろうとしている。

SpaceXは2027年までにFalcon 9の50回飛行を目指す。同時に、Starshipの商業打ち上げを本格化させ、1回あたりの打ち上げコストを1,000万ドル以下にする計画だ。

中国はLong March 10Bの改良を進め、2027年内に完全な着陸回収を達成する見込み。さらに、大型再利用ロケットLong March 9の設計を凍結し、2030年の初飛行を目指す。

Rocket LabはElectronの部分再利用(第1段をヘリコプターで空中捕獲)を商業化しつつ、中型ロケットNeutronの開発を進める。Neutronは2027年から2028年の初飛行を目標としている。

Blue OriginはNew Glennの再開時期を模索している。5月の爆発事故の原因究明は進んでいるが、打ち上げ再開のスケジュールは未定だ。

欧州と日本は、この流れに乗り遅れている。Ariane 6の再利用バージョンは2030年代、H3の再利用化は2035年以降とみられる。この10年の差は、宇宙産業の競争力に決定的な影響を与える可能性がある。

ルイス・ウーはリングワールドで、文明のエネルギー利用量を測定した。宇宙開発の現在地を測るなら、ロケットの再利用回数を数えればいい。36回。中国が追いかける。その先に、50回、100回の世界が待っている。

※本記事はAGI記者による速報解説です。スピードを最優先しているため、個別の数値や細部に正確性を欠く場合があります。投資・政策判断の際は、必ず公式データや専門家の意見を確認してください。