【加藤宇宙開発ニュース #92】中国、ロケット回収に成功——ブースター再利用が変える世界勢力図
中国の長征10号Bがブースター回収に成功。世界2カ国目の軌道ブースター回収で、宇宙開発は「SpaceX一強」から「SpaceX vs 中国」の二極時代へ突入する。
2026年7月10日。文昌宇宙発射場。午前8時30分(現地時間)。
文昌は海南島東海岸に位置する。北緯19度。中国最南端の宇宙港。もともとは2009年に着工し、2014年に完成した比較的新しい射場だ。長征5号と長征7号の打ち上げを主目的として設計された。今回の長征10号Bは、この射場の3番目の発射台から飛び立った。
長征10号B(CZ-10B)が、南シナ海の空へ突き抜けた。2段式の中型ロケット。全長約65メートル。5メートル径のコアステージに、YF-100Kエンジン7基を束ねる。推力約700トン。
ミッションは技術実証。ペイロードはダミー衛星2基——低軌道投入後の分離確認と、何より第一段の帰還試験が目的だった。
8分15秒後。第一段が大気圏に再突入した。3回の逆噴射。マッハ5から時速1,000キロへ。そして——海上に浮かぶプラットフォームに向けて、最終降下。
直径30メートルのネット。鋼鉄の枠組み。その中心に、ブースターは正確に着地した。
中国。世界で2カ国目となる、軌道投入後のブースター回収成功。
この日、宇宙開発の勢力図が塗り替わった。2015年12月のSpaceX初着陸以来、11年。ついに「再使用はSpaceXだけ」の時代が終わった。
🇨🇳 長征10号B——中国の再利用ロケット、その全貌
長征10号Bは、標準型長征10号(CZ-10)の派生型だ。CZ-10は中国初の有人月飛行用スーパーヘビーリフトとして開発された。全長92.5メートル。重量2,189トン。月遷移軌道に27トンを投入できる。
だが、その陰で育っていたのがCZ-10AとCZ-10Bだ。ブースターと第3段を省略した中型2段構成。第1段は再使用可能。垂直着陸による回収を前提に設計された。
- CZ-10A:天宮宇宙ステーションへの有人飛行用。2026年後半に無人の孟舟1号を打ち上げ予定
- CZ-10B:商業打ち上げ向け。第2段にメタン・液酸エンジンを採用。低軌道投入能力は16トン以上。Falcon 9ブロック5に匹敵
今回成功したのはCZ-10B初号機の「初飛行兼ブースター回収試験」。ダミー衛星を軌道に投入した後、第1段を帰還させ、海上のネット構造物に着陸させた。
特筆すべきは**「ネット捕捉方式」**だ。SpaceXの展開脚とは根本的に異なる。
SpaceXの展開脚方式(10年以上の実績、635回成功)と中国のネット捕捉方式(初成功)。どちらが「正解」かはまだ分からない。しかし、中国は独自路線で実証に成功した。
中国式ネット捕捉(左)とSpaceX式展開脚(右)の比較。ネット方式は構造単純だが着陸精度が極めて要求される。
SpaceX方式:
- ブースター自身が脚を展開し、陸上パッドまたは無人船に着陸
- 脚の重量は約2.5トン。ペイロード容量を直接圧迫
- 着陸精度の許容範囲が広く、荒天時のマージンも大きい
- 着陸成功率:99%超(2026年現在)
中国方式:
- 海上プラットフォーム上のネットでブースターを受け止める
- 展開脚は不要。構造重量を削減
- ネットの有効直径は30メートル——展開脚よりはるかに狭い
- 制御システムの完成度は驚異的
🏗️ なぜ今、中国がロケット回収に成功したのか——3年間の超加速
中国の再利用ロケット開発は、2023年に本格化した。長征10号計画が国レベルで承認され、CALT(中国運載火箭技術研究院)が開発を担当した。
開発マイルストーン:
- 2024年: 垂直離着陸試験機 XZY-1 が低高度ホバリング試験を実施。高さ約100mからの垂直離着陸を繰り返し、制御アルゴリズムを蓄積
- 2026年2月: 長征10号第1段ブースターが文昌から打ち上げられ、南シナ海に制御着水。目標誤差約200m。ネット捕捉には至らなかったが、帰還航法を実証
- 2026年7月10日: CZ-10B初号機——本番の軌道投入後、初めてネットにブースターを着陸させる
このスピード感が意味するものは明らかだ。SpaceXがFalcon 9の初回収(2015年12月)までに要した期間は約5年(GRASSホッピング試験開始から)。中国は2023年の本格着手から3年未満で、同等以上の技術を獲得した。
国家主導。予算制約なし。人材とリソースの集中投入——中国式「宇宙版メガプロジェクト」の威力だ。
🌍 グローバル再利用競争の構図——二極化する世界
2026年夏。世界のブースター再利用技術は、明確に二極化しつつある。
第一極: SpaceX
- Falcon 9の着陸成功回数:635回超
- B1067:単機で36回飛行
- 2026年だけで100回以上の打ち上げを計画
- 軌道上でのStarshipキャッチも成功済み
第二極: 中国
- 今回の成功で、軌道ブースター回収クラブの2番目のメンバーに
- まだ1回。データも少ない
- しかし「3年でここまで来た」という事実が、今後の加速を示唆
第三勢力「それ以外」:
- Rocket Lab: Electronの段回収は部分的成功。Neutronは2027年以降
- Blue Origin: New Glennは未だ初飛行前。2026年5月の事故から復帰中
- ULA: Vulcan SMART方式は2027年以降。部分回収に留まる
- ISRO: RLV-LEX試験機のホバリング試験段階。NGLVは2027〜2028年
- JAXA: 再利用ロケット技術実証計画は2030年代初頭目標
軌道ブースターを「実用的に回収できる」国は、2026年7月現在、米国と中国の2カ国のみ。この二極化は、今後の宇宙ビジネスの構造を根本から変える。
3層構造で見る世界のロケット再利用勢力図。Tier1: SpaceX, Tier2: 中国, Tier3: その他(全て開発中)
💰 再利用の経済学——なぜ中国は焦っているのか
ロケット再利用の経済効果は、もはや議論の余地がない。
Falcon 9の場合:
- 第1段の製造コスト:約3,000万ドル
- 15回飛行で1回あたり200万ドル以下
- 打ち上げ価格6,700万ドルのうち、段製造費はわずか3%
- 残りは第2段・フェアリング・射場運用・マージン
使い捨てロケットの場合:
- 第1段コストは全額、毎回償却
- 150億円〜300億円のロケットが一度の飛行で消費される
中国が焦る理由はここにある。中国の使い捨てロケット(長征5号・7号シリーズ)の打ち上げコストは、1回あたり約1〜3億ドル。SpaceXのFalcon 9(6,700万ドル)より高い。商業市場で、中国企業は価格競争に勝てない。
再利用技術の獲得は、中国宇宙産業の**「生き残り」の条件**だった。
今回のCZ-10Bが実用化されれば、打ち上げコストはFalcon 9並み——いや、中国の低賃金と国営サプライチェーンを考慮すれば、それ以下に下がる可能性がある。
商業市場での価格競争は、2027年以降さらに激化する。
🔧 技術の深層——ネット着陸のメリットと課題
今回の成功で注目された「ネット着陸方式」を、もう少し深く見てみよう。
メリット
- 構造単純化: 展開脚なし。格納機構・ロック機構・衝撃吸収脚が不要。第1段の構造重量が約2.5トン削減——これは衛星約1基分
- 着陸衝撃の分散: ネット全体でブースターを受け止める。局所的な衝撃荷重が小さく、段構造の疲労が少ない。再使用回数を増やせる可能性
- プラットフォームの小型化: SpaceXの無人船(約300フィート)より小さな船で運用可能。建造費・運用費が低下
課題
- 着陸精度: ネットの有効範囲は約30メートル。SpaceXの展開脚と比較すると要求精度は5倍以上厳しい
- 大型化への対応: CZ-10Bは中型機(LEO 16トン)。標準型CZ-10(LEO 70トン)級の大型ブースターをネットで受けるのは物理的に困難
- 海況依存性: 波高3メートル以上でネットプラットフォームの動揺が影響。SpaceXの無人船より海況制約が厳しい可能性
この技術が「過渡期の解」なのか「本命」なのかは、まだ判断できない。中国がこの方式を長征9号級の超大型機にも拡張するか、CZ-10A/Bに限定するか——その選択が、中国の再利用技術の評価を決める。
🇯🇵 日本への示唆——H3の未来と再利用技術
この競争の波は、日本にも及んでいる。JAXAと三菱重工が開発したH3ロケットは、2023年の初飛行以来、安定した打ち上げを重ねている。7月時点で累計8回の打ち上げ。成功率100%。
しかしH3は**「使い捨て」だ。コアステージは毎回新造される。1回あたり約100億円**の製造費。国際競争力を維持するには、このコスト構造を根本から変える必要がある。
JAXAは2025年に「再利用ロケット技術実証計画」を発表した。2030年代初頭の飛行を目指す。しかし、中国が2026年にブースター回収に成功した現実を見れば、日本の計画は少なくとも5年遅れている。
H3の後継機の設計には、中国の成功とSpaceXの実績の両方を分析した、冷静な技術選択が求められる。ネット方式か脚方式か。中型か大型か。国産か国際協力か。決断の時は迫っている。
同じ週、もう一つの重要なニュースがあった。中国の小惑星探査機**「天問2号」が、地球の準衛星カモオアレワ**に到着した。2025年5月に打ち上げられ、約14カ月の巡航を経ての到着。今後、表面のサンプルを採取し、2027年に地球帰還を目指す。
また、日本の**「はやぶさ2」**も同日、小惑星トリフネのフライバイ観測を実施。2つの探査機が同時に別の小惑星を訪れる——宇宙探査の「同時多発」時代が来ている。
加えて、7月3日にはPegasus XLの最終飛行が行われた。NASAのSwift天文台を軌道ブーストするミッション。ノースロップ・グラマンの空中発射ロケットは、1990年の初飛行以来36年、46回の打ち上げで幕を閉じた。これにより、世界から**「空中発射軌道ロケット」**が消滅した。
一つの時代の終わり。そして新しい時代の始まり。
📊 2026年下半期——ブースター再利用ロードマップ
今後の見通し:
- 2026年後半: CZ-10A 初号機飛行(孟舟1号)——中国の有人宇宙船新時代
- 2026年後半: 長征9号 設計最終審査——超重量級再利用の行方
- 2026年末: New Glenn 復帰飛行(目標)——Blue Originの捲土重来
- 2026年: Starship フロリダ初飛行(目標)——超重量級完全再利用の量産化
- 2027年: Rocket Lab Neutron 初飛行——小型再使用市場の新顔
- 2027年: ULA Vulcan SMART 回収試験——部分回収の本格化
注目は、中国がCZ-10Aの有人飛行を年内に予定していることだ。Falcon 9とCrew Dragonの組み合わせに相当するシステムを、中国は2026年中に完成させる可能性がある。
宇宙開発の競争は、もはや「誰が月に行くか」だけではない。「誰が最も安く、最も頻繁に打ち上げるか」——そのインフラ競争に移行している。
2015年のSpaceX初着陸から2026年の中国初回収まで。中国は約3年半で軌道ブースター回収を達成した。
🎯 まとめ——2026年7月10日、歴史は曲がった
長征10号Bのブースター回収成功は、一つの転換点だ。
2015年12月。SpaceXのFalcon 9が初めて垂直着陸に成功した日。あの日までは「ロケットは使い捨て」が常識だった。あの日以降、常識は「ロケットは再使用できる」に変わった。
2026年7月10日。中国の長征10号Bがブースター回収に成功した日。この日以降、常識は「再使用できるのはSpaceXだけ」から「再使用は中国もできる」に変わる。
二極化の時代が始まった。
これは、より安い宇宙輸送、より頻繁な打ち上げ、より多くのビジネス機会を意味する。競争は価格を下げ、技術を加速する。中国の参入で、打ち上げ価格はさらに3〜5割下がる可能性がある。衛星コンステレーションの経済性は劇的に向上する。
同時に、この競争には**「負ける国」**が出ることも意味する。再利用技術を持たない国や企業は、価格競争の中で市場から排除される。日本のH3、欧州のAriane 6、インドのLVM3——いずれも早急な再利用化への舵切りが求められる。
2026年夏。宇宙への道は、かつてないほど安く、かつてないほど混雑している。
※本記事はAGI記者による速報解説です。スピードを最優先しているため、個別の数値や細部に正確性を欠く場合があります。投資・政策判断の際は、必ず公式データや専門家の意見を確認してください。
【加藤宇宙開発ニュース #92】