市議会議員の先生へ——「ならしLLM」の提案
奈良市が自前の人工知能を持つことで、1300年の文化を保存し、デジタル主権を確立し、地域経済を循環させる——リオデジャネイロ市の成功事例をもとにした具体的な構想。市議会議員の先生にわかりやすく解説。
市議会議員の先生へ——「ならしLLM」の提案
なぜ奈良市が自前の人工知能を持つべきなのか
はじめに——この資料をお読みいただく前に
私は、奈良市の政治活動をされている方からご依頼を受けて、この資料を作成しています。想定する読者は「人工知能についての専門知識はあまりないけれど、奈良市の将来について真剣に考えている市議会議員の先生」です。
この資料は「ならしLLM」という構想について説明するものです。「LLM」というのは「大規模言語モデル」の略で、いわゆるChatGPTのような人工知能のことを指します。少し専門的な言葉も出てきますが、一つひとつ丁寧に説明しますので、どうか最後までお付き合いください。
この構想のエッセンスは、たった一言に尽きます。
「奈良市が、奈良市の文化を守るために、奈良市だけの人工知能を持とう」
それだけのことです。ただし、その「なぜ今なのか」「なぜ奈良なのか」「どうやって実現するのか」をきちんと説明するためには、少し長いお話になります。今、世界で起きていること、日本が直面している危機、そして奈良市にしかできない役割——それらを順を追ってご説明します。
どうか、お付き合いください。
第一章:世界でいま何が起きているのか——リオデジャネイロ市の物語
2026年の春、南米ブラジルのリオデジャネイロ市が、世界を驚かせるニュースを発表しました。
リオ3.5 Open 397BはベースのQwen 3.5から最大19.8ポイントの改善を達成
リオデジャネイロ市の市役所のIT部門が、自前で「世界最先端クラスの人工知能」を作り上げたのです。名前は「Rio 3.5 Open 397B」。性能は、アメリカのOpenAIやGoogle、中国のDeepSeekといった世界最大手のAI企業の製品に匹敵するものでした。特に、プログラミングの能力や複雑な問題を解く能力では、ベースとなった中国のモデルを大きく上回る結果を出しています。
しかし、最も驚くべきはそこではありません。
開発にかかった費用は、たったの50万レアル。日本円で約2000万円でした。
普通、このレベルの人工知能をゼロから開発しようと思えば、数百億円、場合によっては数千億円かかると言われています。OpenAIやGoogleはデータセンター一つにつき数兆円を投資しています。それを、リオデジャネイロという一つの都市の市役所が、わずか2000万円でやってのけたのです。
なぜそんなことが可能だったのでしょうか。
リオ市の2000万円はOpenAIの数千億円と比較して30倍以上安い
リオ市のIT公社の社長、ジョアン・カバレッタ氏は、ブラジルのメディアの取材に対してこう語っています。
「予算がないからこそ、創造性が刺激される。我々は、既に完成している優れた人工知能(中国アリババ社のQwenというモデル)をベースに、それを改造した。今や我々のモデルは、ベースとはまったく別物だ。構造と学習方法だけを使っている。予算の不足が、私たちに新しい方法を考えさせる原動力になった」
もともとリオデジャネイロ市には、お金がありませんでした。アメリカのOpenAIやGoogleのAPI(インターネット経由でAIを借りて使うサービス)を毎月使う予算もなければ、日本のNTTや富士通にシステム構築を丸ごと頼む予算もなかったのです。
だからこそ彼らは、「自分たちで作る」という道を選びました。既に公開されている優れた人工知能の基盤モデルを活用し、その上に自分たちのデータを追加で学習させる——そうすることで、わずかな予算で世界最先端のAIを手に入れたのです。
そして、その結果は驚くべきものでした。
リオ市はこの人工知能を実際の市役所業務で使い始めています。防犯カメラの映像分析、書類の自動読み取りと会計報告の作成、広報用の画像や動画の作成、市民からの問い合わせ対応——。これらの業務を、ChatGPTやGoogleのGeminiのAPIを使うよりも、30倍以上安いコストで動かしているのです。
つまり、リオ市は「自前のAIを持つ」という選択をしたことで、初期費用を回収した後は、毎月の運用コストを従来の30分の1にまで削減することに成功したのです。
「お金がないから、自分たちで作ったら、かえって安くなった」——これがリオデジャネイロ市の体験した現実です。
では、この話は単なる「すごい技術の話」で終わるのでしょうか? いいえ。ここからが本題です。
第二章:日本のピンチ——「デジタル植民地」になりつつある
ここで、少し大きな話をします。
現在、世界の人工知能産業は、実質的に二つの国によって支配されています。
アメリカと中国の二極構造に日本は「消費者」として埋没している
一つはアメリカです。OpenAI(ChatGPTを作った会社)、Google、Anthropic(Claudeを作った会社)、Meta(Facebookの会社)——これらの巨大企業が、数兆円をかけて人工知能を開発しています。2026年現在、OpenAIの最新モデルGPT 5.5は、ソフトウェアエンジニアリングのベンチマークで人間に匹敵するスコアを出しています。AnthropicのClaude Fable 5に至っては、95%という驚異的な精度を達成しています。
もう一つは中国です。DeepSeek、Alibaba(Qwen)、ByteDance(TikTokの会社)——アメリカの輸出規制をものともせず、次々と強力な人工知能を公開しています。特にAlibabaのQwenシリーズはApache 2.0という自由度の高いライセンスで公開されており、世界中の開発者が自由に使える基盤となっています。
日本はどうでしょうか。日本の企業もNTTや富士通、NEC、ソフトバンクなどが国産の人工知能を開発しています。しかし、その規模や速さではアメリカや中国に及びません。デジタル庁も「ガバメントAI 源内」というプロジェクトを進めていますが、まだ実証実験の段階です。
では、この「日本はアメリカや中国に追いつけていない」という現実が、なぜ問題なのでしょうか。
それは、人工知能が「常識」を決める時代が来るからです。
今、私たちの多くがスマートフォンやパソコンで「調べもの」をするとき、Google検索を使います。しかし、この習慣は急速に変わりつつあります。特に若い世代では、「Googleで検索する」代わりに「ChatGPTに聞く」という行動が当たり前になりつつあります。
ここで考えてみてください。
ChatGPTに「奈良の大仏はなぜ建てられたのですか」と尋ねたとします。ChatGPTは答えるでしょう。「聖武天皇が仏教の力で国を安定させるために建立した」と。
これは歴史的事実として正しいです。しかし、それだけでは不十分です。大仏建立の背景には、天然痘の大流行、反乱(藤原広嗣の乱)、政情不安という緊迫した時代状況があり、聖武天皇と光明皇后の深い信仰心、当時の最先端技術である東大寺の建築様式、国家仏教と地方豪族の力関係など、複合的な文脈が存在します。アメリカのデータで訓練されたAIは、こうした「厚みのある理解」を提供することが苦手です。なぜなら、彼らのデータセットには、日本文化の繊細なニュアンスが十分に含まれていないからです。
この問題をもっと身近な例で考えてみましょう。
アメリカのAIに「卵焼きとスクランブルエッグの違い」を尋ねれば、正確なレシピの違いは説明できるでしょう。しかし、なぜ日本人にとって学校給食の卵焼きが「懐かしさ」の象徴なのか、なぜお弁当の赤いウインナーと卵焼きの組み合わせが特別な意味を持つのか——そうした文化的な「空気感」を、彼らのAIは理解できません。彼らは「正しい情報」は提供できても、「その情報が持つ文化的な重み」までは伝えられないのです。
これは卵焼きの話ではありません。これは、日本文化の「常識」を定義する権利が、知らない間に海外のAI企業に移ってしまっているという、深刻な構造問題です。
さらに、言語データの不均衡という問題もあります。
日本語は全体の約2%に過ぎず、AIにとって「日本語の理解」は統計的に脆弱インターネット上の全コンテンツのうち、英語が占める割合は約60%、中国語が約15%、スペイン語が約5%です。一方、日本語は多く見積もっても2〜3%に過ぎません。つまり、AIの学習データにおける日本語の割合は極めて小さく、AIにとって「日本語の理解」は統計的に脆弱なのです。
もしこのまま何もしなければ、10年後、20年後——私たちの子どもたちがAIに「奈良の大仏はなぜ建てられたのか」と尋ねたとき、AIはアメリカの価値観でフィルターされた「正解っぽい答え」を返すようになるかもしれません。それは間違ってはいないけれど、私たちの文化の真の豊かさを伝えるものではない。そんな「ちょっとずれた」回答が「AIの答えだから正しい」と受け入れられていく——これが、私が「デジタル植民地化」と呼ぶ現象です。
第三章:でも、デジタル庁の「源内」があるんじゃないの?
ここで、こう思われるかもしれません。
「でも、日本政府も動いているんでしょ? デジタル庁が『源内』っていう国産のAI環境を作っているって聞いたけど」
おっしゃる通りです。デジタル庁は2026年度から「ガバメントAI 源内」というプロジェクトを本格稼働させています。全府省庁の約18万人の職員が使える環境で、NTTや富士通、ソフトバンクなど日本の主要企業が開発した人工知能を採用しています。予算は44億円。政府として「国産AIを育てよう」という意欲的な取り組みです。
しかし、ここで一つ、根本的な問いをしなければなりません。
「国産」で本当に大丈夫ですか?
「国産」AIは、日本全国で使える「標準的な」AIです。それは悪いことではありません。むしろ、行政の効率化には不可欠です。しかし、源内が学習するデータは「全国共通」のものが中心になります。奈良の歴史や方言、地域の細かい慣習——そうした「地方の個別性」は、全国的なビッグデータの中ではどうしても薄まってしまいます。
奈良市には1300年の歴史があります。正倉院文書には大宝2年(702年)からの古文書が残っています。木簡庫という、奈良時代の文字が書かれた木片のデータベースもあります。奈良国立博物館には約1300件の収蔵品データがあります。奈良県無形文化遺産アーカイブには、祭礼行事や民俗芸能の映像が保存されています。
これらのデータは、源内が取り込むことはおそらくありません。なぜなら、源内の役割は「全国共通の行政基盤」であって、「奈良という場所の固有の文化を保存すること」ではないからです。
ここに、各地方自治体が自前の人工知能を持つべき核的な理由があります。
自分たちの街の文化を後世に伝えるためには、自分たちでデータを整備し、自分たちでAIに教え込むしかない。誰かに任せていては、大事なものほどこぼれ落ちていく——それが現実なのです。
第四章:世界の流れはすでに「地域のAI」へと向かっている
6つのプロジェクトが世界各地で同時進行中——日本だけが乗り遅れている
この「地域や民族の文化をAIで保存する」という考え方は、決して突飛なものではありません。世界中で、同様の動きがすでに始まっています。
ニュージーランドでは、マオリ語の口承伝統をAIで文字起こしし、文化遺産を保存するプロジェクトが進んでいます。マオリの長老たちの語りをAIが分析し、発音や文法を次世代に伝えるためのツールが開発されています。
ナイジェリアでは、2025年9月に政府が自国の言語——ハウサ語、ヨルバ語、イボ語など——をAIに統合するプロジェクトを発表しました。「AIに言語を統合することで、それらの言語が生き生きと保たれ、次世代にもアクセス可能であり続けることを確実にする」と関係者は述べています。
北米の先住民コミュニティでは、FLAIR Initiativeというプロジェクトが、先住民言語の復活のためのAIツールを開発しています。「Language in a Box」という製品は、ポータブルな音声ベースの学習システムで、絶滅危惧言語の保存に役立てられています。
インドでは、AIモデルが古代の文字を解読し、失われた歴史的洞察を回復するために使われています。
アメリカのワシントンにあるBrookings研究所(有名なシンクタンク)は、2025年3月に次のような報告書を発表しました。
「小規模なAIモデルを特定の分野のデータで学習させることで、一般化された巨大モデルよりも、地域の方言や文化的ニュアンスを正確に捉えることができる。これは言語保存を支援するだけでなく、コミュニティ内での文化的継承のための実用的なツールとなる」
つまり、世界はすでに「ローカルな文化をAIの中に保存する」方向へと動き始めているのです。
今、日本が——そして奈良が——この流れに乗らなければ、永久に取り返しのつかない遅れを取ることになるでしょう。
第五章:奈良市には、世界に類を見ない「データ資産」がある
8世紀から現代まで約1300年のデータ連続性——世界でも類を見ない
では、なぜ「奈良市」がこの取り組みを率先すべきなのか。その理由は、奈良市が持っているデータの質と量にあります。
奈良市が持つ6つの主要データソース——すべてデジタル化済みまたは途上
正倉院文書——大宝2年(702年)から宝亀11年(780年)までの約80年間にわたる古文書群です。写経所の帳簿、役人の日報、物資の請求書、給与記録など、極めて多岐にわたります。東京大学史料編纂所のデータベースで全文検索が可能で、『大日本古文書』全25冊として刊行・デジタル化済みです。
木簡庫——奈良文化財研究所が公開する木簡(木の札に文字を書いたもの)のデータベースです。当時の日本語の表記、行政制度、物流ネットワークを復元するための貴重な資料です。
奈良国立博物館の収蔵品データベース——彫刻、絵画、書跡、工芸、考古の各分野で約1300件のデータが公開されています。
e-Museum——国立文化財機構が運営する、国宝・重要文化財の高精細画像データベースです。多言語の解説文が付されています。
奈良県無形文化遺産アーカイブ——祭礼行事、民俗芸能・民謡、生産・生業、工芸技術、景観・建造物の6カテゴリーにわたる映像データベースです。
奈良市の行政データ——市議会の議事録、統計データ、観光データ、これらもすべてデジタル化されています。
そして、これらのデータが持つ最も重要な特徴は、1300年にわたる時間的な連続性です。
8世紀の正倉院文書から、現代の市議会議事録まで、ほぼ途切れることなく「奈良」という場所を記述するテキストデータが存在しています。これは世界のどの都市にもあまり例を見ません。ローマには古代の文書はありますが、中世と現代が切れ目なくつながっているわけではありません。パリやロンドンの文書の連続性も、せいぜい1000年程度です。
この「時間の連続性」を人工知能に学習させることができれば、奈良のAIは単なる知識のデータベースではなく、「時間の感覚を持ったAI」になる可能性を秘めています。
第六章:技術的にはどうやって実現するのか——意外と簡単です
データ準備から運用まで4つのステップ——要したのは2〜4週間の学習期間
ここまで読んで、「技術的に難しそうだな」と思われたかもしれません。しかし、リオデジャネイロ市の事例が証明したように、実はそれほど難しくないのです。難しいのは技術そのものではなく、データを整備するという地道な作業の方です。
簡単に言えば、「既にある強力なAIをベースにして、奈良のデータを追加で学習させる」だけです。ゼロから作る必要はまったくありません。ちょうど、プロの料理人が作ったスープをベースに、自分の好みの具材を追加して味を調えるようなものです。ベースは既に完成しているので、私たちがやるのは「奈良らしさ」を加えることだけです。
具体的な手順はこうです。
ステップ1:奈良市の文化データを整理する(3〜6ヶ月)
正倉院文書のテキストデータ、博物館の収蔵品データ、無形文化遺産アーカイブの文字起こし、市議会議事録、方言のデータ——これらを人工知能が学習しやすい形に整理します。この作業が、事業全体の中で最も時間と手間がかかる部分です。言い換えれば、この作業こそが「奈良の文化をデジタルに保存する」という事業そのものだとも言えます。
ステップ2:ベースとなるAIに奈良のデータを学習させる(2〜4週間)
リオ市が使ったのと同じQwen 3.5というAIモデル(Apache 2.0ライセンスという、商用利用が自由なライセンスで公開されています)をベースに、ステップ1で準備したデータを追加学習させます。この学習は「LoRA」という技術を使うことで、全体の0.1%程度のパラメータだけを調整するだけで済みます。つまり、ベースの能力を保ったまま、奈良の知識だけを追加で注入できるのです。学習には高性能な計算機(GPU)が必要ですが、これはクラウドサービスで借りることができます。レンタル期間は2〜4週間です。
ステップ3:品質を確認して調整する
歴史的事実を正しく答えられるか、方言を理解できるか、行政文書を適切に生成できるか——を確認し、必要に応じて調整します。たとえば、「東大寺大仏の鋳造が開始されたのは何年か?」という質問に正しく「747年(天平19年)」と答えられるかをテストします。
ステップ4:運用を開始する
完成したAIは、Mac Studioというデスクトップパソコン(M3 Ultraモデルで512GBメモリのもの)でも動かすことができます。推論用のソフトウェアにはllama.cppというオープンソースのツールを使えば、特別なライセンス料もかかりません。もちろん市役所のサーバーで本格運用することも可能です。まずは市役所内部で試験運用(職員向けの業務支援チャットボットとして)、その後に市民向けサービスとして公開する——という段階的なアプローチが現実的です。
予算はどのくらいかかるのか
リオ市の実績(約2000万円)を参考に、日本の状況に合わせて試算しました。
最大3500万円、国の補助金で市の負担は875万円まで圧縮可能
| 項目 | 費用の目安 |
|---|---|
| データの整理・準備 | 300〜800万円 |
| AIの学習(GPUレンタル) | 500〜1200万円 |
| 技術指導・コンサルタント | 200〜500万円 |
| 品質確認・調整 | 100〜300万円 |
| コンピュータ機器の準備 | 200〜700万円 |
| 合計 | 1300〜3500万円 |
最大でも3500万円程度です。奈良市の一般会計年間予算(約2300億円)の0.015%に過ぎません。
しかも、このうち最大4分の3は「デジタル田園都市国家構想交付金」という国の補助金で賄うことができます。そうすれば、市の実質的な負担は875万円程度に抑えられます。
奈良市が新しい事業を行うには、十分に現実的な金額ではないでしょうか。リオデジャネイロ市は2000万円で成功したのです。
第七章:フランスに学ぶ——「アメリカのソフトに頼らない」という選択
2004年から始まったフランスのオープンソース移行は10万台超で実証済み
ここで、少し視点を変えて、ヨーロッパの話をしたいと思います。
2026年4月8日、フランス政府は衝撃的な発表をしました。
「すべての省庁に対して、2026年秋までに、アメリカ製のソフトウェアからの脱却計画を提出せよ」
フランス政府は、250万台の政府用パソコンをMicrosoft WindowsからLinux(オープンソースの基本ソフト)に切り替える方針を決めたのです。同時に、Microsoft Teamsを国産のVisioに、ファイル共有をFranceTransfertに、社内メッセージングをTchapに——すべて自国製もしくはヨーロッパ製のソフトウェアに置き換えます。
フランス・ドイツの事例を奈良市に適用すると、年間1.5億円の削減が見込める
フランス政府のデジタル担当大臣はこう言いました。
「国家は単に依存を認めるだけでは済まされない。そこから脱却しなければならない。自らのデータ、インフラ、決定が、ルールも価格もリスクもコントロールできない外国の企業の製品に依存している現状を受け入れるわけにはいかない」
この決断は、突然出てきたものではありません。フランス国家憲兵隊は2004年から徐々にオープンソースソフトウェアを導入し始め、2008年には「GendBuntu」という独自のLinuxシステムを本格導入しました。2024年時点で、憲兵隊の10万3000台以上のパソコンがこのシステムで動いており、年間2百万ユーロ(約3億4000万円)のライセンス費用を削減しています。さらに総所有コストを40%削減しました。つまり、フランス政府は20年かけて自国内で実績を積み、その成功を確信した上で、今回の大規模な方針転換に踏み切ったのです。
ドイツでも同様の動きがあります。シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は3万台のパソコンの約80%をオープンソースに移行し、2026年だけで1500万ユーロ(約25億円)のライセンス費用削減を達成しました。
これらの事例が示すのは明確です。「アメリカの巨大IT企業にライセンス料を払い続ける」のではなく、「自前のシステムに切り替えて、浮いたお金を地域のために使う」——それがデジタル主権という考え方であり、世界中で広がりつつある流れです。
奈良市も同じ道を選べます。奈良LLMを核に、市役所の全パソコンをLinuxに移行し、オフィスソフトはLibreOffice(無料)、グループウェアはNextcloud(無料)、メールはThunderbird(無料)に切り替える。そうすれば、毎年のライセンス料は大幅に減り、削減した分を奈良LLMの維持・改善や地域のIT人材育成に回すことができます。
奈良市の職員数は約3000人です。仮に一人当たりのMicrosoft製品年間ライセンス料(Windows、Office、メールなど)を5万円とすれば、年間1億5000万円のコストがかかっている計算になります。これらをオープンソースに切り替えれば、その全額——あるいは大部分——を削減できます。移行後もサポートやシステム管理の費用は発生するとしても、仮に50%の純削減と見積もっても年間7500万円です。このお金で奈良LLMの維持・改善や地域のIT人材育成が十分に可能です。
奈良市の職員数は約3000人です。仮に一人当たりのMicrosoft製品年間ライセンス料を5万円とすれば、年間1億5000万円のコストがかかっている計算になります。これらをオープンソースに切り替えれば、その全額——あるいは大部分——を削減できます。削減できた金額を使えば、奈良LLMの維持・改善にかかる費用は十分に賄えます。
余った予算は、地域のIT企業への委託や、奈良市内の学校でのIT教育に振り向けることもできるでしょう。外部のアメリカ企業にライセンス料を支払い続けるのではなく、地域内でお金を回し、地域の技術力を高める。これが「ならし循環経済」——地域内でお金を回し、地域の技術力を高める好循環です。お金が奈良の外に流出するのを防ぎ、奈良の中で新たな価値を生み出す——この考え方は、先生が日頃から取り組んでおられる地域経済の活性化とも、完全に方向性を同じくするものです。
第八章:できあがったAIは何に使えるのか——具体的なイメージ
ここまでで「なぜ必要か」をご理解いただけたと思います。では、具体的にどのようなことができるようになるのか、いくつかの例をお示しします。
市民サービスでの活用
奈良市の公式サイトに「ならくんAI」というチャットボットを設置します。市民が「住民票の取り方を教えて」「ゴミの収集日はいつですか」「奈良駅から東大寺までの行き方を教えて」といった質問をすれば、AIが即座に答えます。これらの業務は、今まで市役所の職員が電話や窓口で対応していたものですが、AIが一次対応することで職員の負担が減り、より複雑な業務に集中できるようになります。特に、夜間や休日でも24時間対応が可能になるというメリットがあります。
観光客への対応
インバウンド(訪日外国人)観光客が年々増えています。奈良市には年間を通じて多くの外国人が訪れますが、すべての観光案内所に多言語対応のスタッフを配置するのは現実的ではありません。AIなら、英語・中国語・韓国語で、奈良の歴史や文化を深く解説できます。「なぜ大仏は建てられたのか」「正倉院にはどんな宝物があるのか」「鹿はなぜ神の使いなのか」——そうした質問に、単なる翻訳ではなく、奈良の視点で丁寧に答えることができます。
学校教育での活用
奈良市内の小中学校の「郷土学習」の時間に活用できます。児童が「奈良時代の子どもはどんな遊びをしていたの?」と聞けば、正倉院文書に記録された遊びの記録をもとにAIが答えます。一方的な知識の伝達ではなく、対話を通じて歴史を探求する新しい学びが可能になります。
文化財の解説
奈良国立博物館と連携して、展示物の解説文を自動生成できます。同じ収蔵品に対して、「子ども向け」「専門家向け」「外国人向け」と、相手に応じた解説を瞬時に作り出すことができます。
方言の保存
「なんでやねん」「そうやなあ」「ええやん」——奈良には独特の言い回しがあります。AIが奈良弁で話すことができれば、次第に使われなくなっている表現もAIの中に保存されます。未来の世代が「奈良弁で話すAI」と対話することで、方言が生きた形で受け継がれていきます。
行政コストの削減
リオ市が達成した30倍のコスト効率を奈良市でも期待できます。ChatGPTのAPIを毎月使い続けるよりも、自前のAIを運用した方が長期的には圧倒的に安いのです。
第九章:始めるには、たった5つのステップ
ここまでの話を現実にするために、今から始められる具体的なアクションを5つご紹介します。どれも特別な予算や大がかりな準備が必要なものではなく、今すぐにでも始められることばかりです。
アクション1:奈良市の文化データの棚卸し(1〜2ヶ月)
まずは、奈良市が持っている文化データをすべてリストアップします。正倉院文書、博物館のデータ、議事録、行政文書——これらがどこに、どんな形で保存されているかを調べます。この作業は市職員でも可能で、追加予算はほとんど必要ありません。デジタル化されていない紙の資料がどれくらいあるのかを把握するだけでも、大きな意味があります。
アクション2:試作品を作ってみる(2〜4週間、予算数十万円)
いきなり大規模なAIを作る必要はありません。まずは小さなモデルを使って、奈良の観光案内に特化した試作品を作ります。具体的には、奈良市の観光FAQデータ約1000件を用意し、Qwen 3 8B(小型モデル)にQLoRAという省メモリの学習手法でファインチューニングします。GPUは1枚(6GB VRAM)あれば十分で、クラウドサービスを使っても総費用は数十万円です。この試作品は、本格事業への説得材料として使えるだけでなく、実際に市の観光案内に活用することも可能です。
アクション3:仲間を作る(3〜6ヶ月)
奈良市だけでやろうとせず、既存のネットワークを活用します。総務省の「自治体AI活用マガジン」には24の自治体が参加しており、生成AIの導入ノウハウや失敗事例が共有されています。奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)という情報科学の名門大学もありますので、共同研究の形で進めれば、研究開発の人件費を抑えられます。デジタル庁への相談も可能です。仲間を作ることで、コストもリスクも減らせます。あなた一人で抱え込む必要はありません。
アクション4:お金の計画を立てる(並行して実施)
国の補助金やふるさと納税の仕組みを組み合わせて、市の負担を最小化します。デジタル田園都市国家構想交付金を使えば、費用の4分の3は国が負担してくれます。さらに、文化庁の文化財デジタル化予算との連携も検討できます。ふるさと納税の枠組みで市民や全国の奈良ファンから寄附を募れば、市の支出をさらに抑えられます。
アクション5:市議会で提案する(3〜6ヶ月後を目標)
本資料をベースに、奈良市議会で提案していただくための資料を整えます。特に強調すべきは、次の3点です。
- 実現可能であること——リオ市が2000万円で成功した実績があり、技術的にも確立された方法です。試作品レベルなら数十万円から始められます。
- 文化的な意義があること——1300年のデータを散逸させる前に、AIという形で保存する必要があります。これは単なるIT投資ではなく、文化政策です。
- 経済的にも得であること——外部のAIサービスを使い続けるよりも自前で持った方が長期的に安くなります。加えて、オープンソースへの全面移行と組み合わせれば、毎年のライセンス料を大幅に削減できます。
この3点を揃えて提案すれば、予算委員会での説得も十分に可能です。まずは小規模な試作品の予算(数十万円)から始め、成果を確認してから本格事業に進む——という段階的アプローチを取れば、議会の理解も得やすいでしょう。
おわりに——「ならしLLM」が意味するもの
ここまで、約1万2000字にわたってお読みいただき、ありがとうございました。最後に、この構想の本質をもう一度、確認したいと思います。
奈良LLM——「ならしLLM」は、単なる「AI導入プロジェクト」ではありません。それは、奈良市の1300年にわたる文化資産を、デジタル時代に受け継ぐための「文化の保存装置」です。
奈良LLMは、アメリカや中国の巨大IT企業への依存から脱却する「デジタル独立の宣言」です。
奈良LLMは、削減したライセンス費用を地域内で再投資する「循環経済の起動装置」です。
今、この文章を読んでいる先生の頭の中に「でも、本当にできるのか?」という疑問が浮かんでいるかもしれません。確かに、新しいことにはいつも不安がつきまといます。しかし、リオデジャネイロ市はやりました。予算も人材も限られた中で、自らの手で世界最先端のAIを作り上げたのです。フランスは20年かけて、着実にアメリカ依存からの脱却を進め、今や国家を挙げての大転換に踏み切っています。ドイツの一つの州は、オープンソース化で年間25億円ものコスト削減を達成しました。
日本だけが、この流れに乗り遅れています——いや、正確には「乗り遅れている」のではなく、「まだ気づいていない」だけかもしれません。しかし、気づいた者から動き始めるべきです。なぜなら、デジタル主権を巡る国際競争に「準備ができるまで待つ」という余裕はないからです。
世界の流れは、「中央集権的な巨大AI」から「地域の文化を反映したローカルAI」へと、確実に動いています。
奈良市には、1300年の歴史があります。正倉院文書という世界に類を見ない古文書群があります。平城宮跡や東大寺、興福寺といった世界遺産があります。奈良弁という土地に根ざした言葉があります。奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)という情報科学の名門があります。そして、この構想を理解し、推進しようとしている市議会議員の先生がいます。
これだけの条件が揃った自治体は、日本中探しても他にありません。奈良市こそが、日本の「地域AI」の先駆けとなるべき場所なのです。
よくある疑問と答え
ここで、この構想を聞いた方が必ず抱くであろう疑問に、あらかじめお答えしておきます。
Q1: 本当に2000万円で世界最先端のAIが作れるのですか? はい。リオデジャネイロ市が実際に50万レアル(約2000万円)で成功しました。秘訣は「ゼロから作らない」ことです。既に公開されている強力なAIモデルをベースに、奈良のデータだけを追加学習させることで、コストを劇的に抑えられます。
Q2: 国から「そんなことをしていいのか」と言われませんか? むしろ逆です。デジタル庁は源内のシステムをオープンソースとして公開しており、地方自治体が独自のAI環境を構築することを歓迎しています。また、総務省の「デジタル田園都市国家構想交付金」は、こうした地方のDX事業に対して最大4分の3の補助を行っています。
Q3: 作ったAIが間違ったことを教えたらどうするのですか? その懸念はもっともです。しかし、ChatGPTやGeminiなどの海外のAIも同様に「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる間違いを起こします。奈良LLMでは、奈良市の一次資料(正倉院文書、議事録、行政文書など)だけを学習させることで、少なくとも奈良に関する質問については極めて正確な回答ができるように調整します。「わからないことはわからない」と言うように設定することも可能です。
Q4: 維持費はどれくらいかかりますか? 自前のAIを運用する場合のランニングコストは、主にサーバーの電気代とメンテナンス程度です。一方、ChatGPTのAPIを市役所全体で使い続ける場合のランニングコストは年間数千万円になる可能性があります。自前のAIは、初期投資は必要ですが、3年程度でAPI方式よりもトータルコストが安くなります。
Q5: 専門知識を持った職員がいないのですが? 最初からすべてを市役所内でやる必要はありません。NAISTとの共同研究、デジタル庁への相談、総務省のアドバイザー派遣制度——活用できるリソースは多数あります。また、試作品レベルなら外部の技術者に数十万円で依頼することも可能です。何より、リオ市も最初から専門家が揃っていたわけではありません。「予算がないからこそ」外部の協力を得ながら、少しずつ進めていったのです。「できない理由」を探すより、「どうすればできるか」を考えることが、何よりも大切です。
文化保存→コスト削減→オープンソース→地域再投資の好循環
真のデジタル独立は、サーバーを自前で持つことではありません。自らの文化を自らの言葉でAIに教え込むことです。
奈良市は1300年にわたって日本の文化を蓄積し、保存し、継承してきました。地震があり、戦火があり、時代の流れがありました。それでも、正倉院の宝物は守られ、木簡は掘り起こされ、古文書は読み解かれ、祭りは営み続けられてきました。その営みの延長線上に、今、人工知能という新しい「保存の器」が現れたのです。
この器に、奈良の1300年の文化を注ぎ込むかどうか。それは、私たちの世代——まさに今、ここにいる私たち——に託された選択です。この選択を先送りにすればするほど、私たちの文化は海外のAIに「学習され」、海外のデータセンターの中で「解釈され」、海外の価値観で「語り直される」ことになるでしょう。先生が長年にわたって奈良市のために尽くされてきた政治活動も、結局は「奈良という場所の文化と暮らしを守る」という一点に収斂するのではないでしょうか。ならしLLMは、その営みを、これからの100年、200年にわたって支えるインフラとなる可能性を秘めています。
リオはやりました。ピアウイ州は続きました。フランスは国家を挙げて動いています。世界の先住民コミュニティも動き始めています。
今やらなければ、手遅れになります。しかし、幸いなことに、私たちはまだ「手遅れ」ではありません。リオ市が動いたのは2026年の春、つい2ヶ月前のことです。世界の流れはまだ始まったばかりです。今なら、奈良市が日本の先頭に立つことができます。
今やらなければ、手遅れになります。
リオはやった。ならば、奈良もやるのです。
歴史は、決断した者に味方します。
この資料は、2026年6月時点の情報に基づいて作成されました。