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東アジア歴史観 ·

【36】五年目の日韓市民平和プラットフォーム——国家が喧嘩しても、市民は手をつなぐ

日韓関係が「最悪」と言われてから何年。でも国家が喧嘩しているあいだも、市民の手はつながり続けている。jkplatform.org——2019年、東京の小さな会議室から始まった日韓市民平和プラットフォームの五年を追う。

【36】五年目の日韓市民平和プラットフォーム——国家が喧嘩しても、市民は手をつなぐ

兄弟喧嘩の、その裏で

日韓関係が「最悪」と言われてから、もう何年になるだろう。

元徴用工訴訟、ホワイトリスト排除、GSOMIA破棄の応酬、そして最近のニュース——政府レベルでは対立の火種が絶えない。毎年のように「日韓関係は戦後最悪」という見出しが躍る。首脳会談はぎこちなく、相互不信はつきない。

でも、その喧嘩の声が大きくなればなるほど、ある事実が浮かび上がってくる。

国家が喧嘩しているあいだも、市民の手はつながり続けている。

これは綺麗事ではない。実際に、この十年で日韓の市民レベルのつながりは、質的に変化してきた。

今日紹介するのは、その証拠だ。


一本の電話から始まった

2019年5月。東京の小さな会議室に、十数人の宗教者と市民活動家が集まった。

日韓の間に立ちはだかる「膠着状態の壁」をどうやって乗り越えるか——それが彼らの問いだった。

この集まりが、のちに「日韓和解と平和プラットフォーム」と呼ばれるものの始まりになる。ウェブサイトはjkplatform.org。誰でもアクセスできる。

半年後の2019年12月、日韓の代表者が再び東京に集まり、翌年春の発足を約束した。ところが、2020年初頭にCOVID-19が世界を襲う。対面での発足式は延期を余儀なくされた。

それでも、彼らは諦めなかった。

2020年7月2日。オンラインという形で、プラットフォームは正式に発足した。


五つの指針——「記憶」から「非核」まで

このプラットフォームが掲げる理念は五つだ。どれも誠実で、そして現実的だ。

ひとつ——「記憶」の大切さを共有する。 歴史を正視することからしか、和解は始まらない。日韓の間には、植民地支配、戦時動員、そしてその後の冷戦構造が刻んだ深い傷跡がある。その記憶から目を背けず、共有することこそが出発点だ。

ふたつ——「多様性」を尊重する。 日韓はそれぞれ一枚岩ではない。保守もリベラルも、若者も高齢者も、都市も地方も——それぞれの内部に多様な声がある。「日本の立場」「韓国の立場」と一括りにしないこと。これが対話の前提だ。

みっつ——「違い」を認め合う。 一致だけが目的じゃない。違う意見を聞いたときに「それは間違っている」と否定するのではなく、「なるほど、あなたはそういう立場なのですね」と認めた上で、対話を続ける。

よっつ——平和づくりに先頭に立つ。 政府任せにせず、市民自身が行動する。「平和」は誰かが作ってくれるものではなく、自分たちで作り出すものだ。宗教者には宗教者なりの、市民運動家には市民運動家なりの、平和への責任がある。

いつつ——核兵器のない東北アジアを目指す。 安全保障も、市民の視点から考える。東北アジアは、北朝鮮の核問題、米中間の緊張、そして日本の「核共有」論議など、核をめぐる課題が山積している。市民レベルで非核を掲げることには、大きな意味がある。

宗教者(キリスト教、仏教)と市民運動——一見異なる二つのセクターが、この五つの理念のもとに、日本運営委員会と韓国運営委員会の二本立てで運営している。


2026年——三年目の飛躍

2026年、このプラットフォームの活動は明らかに厚みを増した。

3月18日。第2回オンラインセミナー(第8期)を開催。COVID-19禍で始めたオンライン形式は、皮肉なことに日韓の参加者をつなぐ有効な手段として定着した。国境を越えた対話に、もはや飛行機は必要ない。

3月24日。日韓の宗教者・市民運動として初めて、本格的な政治声明を発出した。「イラン戦争に対する日韓市民・宗教者共同宣言」。米国とイスラエルによるイラン侵略戦争を糾弾し、日韓両政府に対して従属国家状態からの脱却を求める内容だ。この宣言はキリスト新聞(2026年4月7日付)でも報じられた。

注目してほしいのは、内容に賛成するかどうかではない——日韓の市民組織が、国際問題に対して共同で声明を出せる関係性にまで成長したことだ。

5月15-16日。第46回5・18光州民衆抗争記念「東北アジア平和体制構築のための日韓市民社会討論会」に共催者として参加。光州という、韓国の民主化を象徴する聖地で、日本と韓国の市民が並んで議論した。


五年の意味——対話から行動へ

2019年の小さな集まりから、2026年の共同声明まで——七年だ。決して長くない。

この間、日韓政府間の関係は、むしろ悪化した時期のほうが長かったかもしれない。それでも市民レベルでは、「対話」を超えて「行動」の段階に入っている。共同声明を出し、国際問題に対して意見を表明する。これは、単なる仲良しクラブではない。一つの市民外交のプラットフォームとして、確かに機能し始めている。

考えてみてほしい。日韓の市民団体が、イラン戦争という第三国の問題に対して「共同声明」を出せる——五年前にこれを想像できた人はどれだけいただろう。

この変化を可能にしたのは、三年間のオンラインセミナーの積み重ねだ。第1期から第8期まで、毎回異なるテーマで、日韓の市民が顔を突き合わせて議論を続けた。その信頼関係の蓄積が、いざというときに「一緒に声明を出そう」と言える関係性を生んだ。

私が特に注目するのは、プラットフォームの構成だ。

宗教者だけではない。市民運動家もいる。そして在日コリアンも含まれている。日本に住む朝鮮半島にルーツを持つ人たちが、日本人と肩を並べて「日韓の和解」について語る。この構図そのものが、すでに一つの和解の実践だ。在日コリアンはしばしば「板ばさみ」の立場に置かれる——日本社会では「韓国人」と見られ、韓国社会では「在日本」と見られる。そんな彼らが、このプラットフォームでは架け橋としての役割を果たしている。


「兄弟は喧嘩もする、が助けもする」

このシリーズで繰り返し使ってきた「三兄弟」のメタファーを思い出してほしい。

日本が長男、中国が次男、韓国(北朝鮮)が三男——同じ家に生まれながら、歴史の中で傷つけ合い、離れ離れになった兄弟たち。

兄弟は喧嘩もする。激しく、長く、根深い喧嘩を。

でも、本当の兄弟は、喧嘩の合間にも互いを気遣うものだ。

2019年に東京の小さな会議室から始まったこのプラットフォームは、まさにその「気遣い」の具体形だ。政府同士が非難の応酬を続ける一方で、市民同士は「記憶」を共有し、「多様性」を認め合い、「平和づくり」を続けている。


あなたの街にも、きっと

この記事を読んでいるあなたの街にも、もしかしたら似たような輪が、すでに存在しているかもしれない。

あるいは、まだないかもしれない。でも、jkplatform.orgの始まりは、たった十数人の集まりだった。特別な予算も、政治的な後ろ盾もなかった。ただ、「このままでいいわけがない」と思った人たちが、東京の小さな会議室に集まっただけだ。

【35】で私は、東アジア平和の輪がすでにあちこちで回っていることを書いた。そして今日——日韓の市民レベルの和解プラットフォームの実例を紹介した。

次は、あなたの番かもしれない。