絵本小説『$MAIDO』第14回〈赤い、栞〉
七時。川沿いの、道を、自転車で、進む。犬飼は、役所の、駐輪場に、車輪を、停め、ロッカーに、上着を、掛けた。鞄から、六法を、出す。役所の、本では、ない。自分の、本だ。赤い、栞の、頁を、開く。横に、緑の、メモが、一枚。昨夜、書いた、三つの、欄。預かる、人。発行する、人。戻す、場所。机の、引き出しに、六法を、戻し、鍵を、掛けた。窓口が、開くまで、まだ、ある。

九時半。窓口が、開く。市民が、順に、並ぶ。転居の、届け。印鑑の、登録。用紙の、枠に、書かれた、一日を、受け、判を、押し、返す。十時を、過ぎ、列が、途切れる。待合の、ベンチが、空く。老婦人が、一人、証明書に、来た。手数料は、二百円と、言う。老婦人は、小銭入れを、出し、硬貨を、指で、数えた。硬貨の、音が、カウンターの、上で、鳴る。犬飼は、領収を、切り、用紙を、渡した。老婦人は、両手で、受け、頭を、下げた。
十一時。聖人が、窓口に、立った。白い、紙の、束を、両手で、持つ。昨日の、束だ。書き直した、と、聖人は、言う。最初の、頁に、短い、行が、三つ。続きに、店の、数。三十。世帯は、数百。卵の、パックが、二百八十。数字は、昨日の、ままだ。束を、受け、読む。字は、大きい。行は、揃う。
束は、受け取れない。窓口が、受け取る、のは、用紙だ。この、束の、入る、用紙を、今は、持たない。そう、言った。聖人は、分かっている、と、言う。受け取って、もらう、ためでは、ない。読んで、もらう、だけ、来た。犬飼は、束を、読んだ。二分、かかった。読み終え、束を、返す。読みました。聖人は、頭を、下げ、役所を、出た。窓口の、横の、椅子に、座らず、出て、行った。

昼休み。犬飼は、机の、引き出しの、鍵を、開け、六法を、出した。読んだ、束の、一行目と、緑の、メモを、並べる。言い方が、違う。骨子は、近い。枠を、囲む、三つの、欄と、束の、最初の、三行。近い、が、同じでは、ない。犬飼は、メモの、下に、小さく、括弧を、書き、束の、続きの、頁数を、記した。メモを、六法に、挟む。赤い、栞の、隣に、緑の、紙が、厚みを、増した。引き出しに、収め、鍵を、掛けた。
夕方。団地の、文子は、台所で、卵を、茹でた。六個の、うち、二個。九分、待つ。水に、取り、殻を、剥く。一個は、塩を、振り、食べた。もう、一個は、小さな、皿に、置き、ラップを、かけ、冷蔵庫の、手前の、棚に。明日の、朝、ご飯の、横に、置く。パックの、隙間が、四個に、なる。隙間から、殻の、色が、見える。生成りの、茶色だ。
店では、青木が、一日の、締めを、していた。台の、端末が、出した、紙の、切れを、卓に、並べ、電卓を、叩く。レジの、円と、別に、数える。帳面の、頁を、二つ、使い、右と、左に、書く。混ぜない。書き終え、帳面を、閉じ、灯りを、消す。朝、半分だった、シャッターを、今度は、最後まで、下ろした。音が、商店街に、一度、響いた。

帰り道。犬飼は、川沿いの、道を、ペダルで、進む。商店街の、灯りが、向こうに、一列。閉庁の、音楽が、鳴った。鞄の、中で、六法の、表紙に、指が、触れた。栞と、メモと、括弧の、数字。明日の、九時半、窓口が、開く。どんな、用紙が、来るか、分からない。分からない、まま、前灯が、道を、短く、照らす。川の、音が、自転車の、音に、混ざった。
次回〈通らない、束〉—— 聖人の、束が、商店街の、店を、一軒、ずつ、回る。青木の、隣の、店の、言葉。上田の、油性ペンが、新しい、行を、書く。
連載『$MAIDO』は毎日17時30分、この紙面で。