【35】東アジア平和はもう動き始めている——「輪」の中で出会う三つの現場
【21】で呼びかけた「東アジア平和の輪」——実はすでにあちこちで回っていた。名張・伊賀の16年続く市民フォーラム、日朝交流から生まれた次世代フォーラム、そして奈良女子大学とつながる創価大学のシンポジウム。三つの現場を紹介する。
【21】で呼びかけた。そして気づいた——輪はすでにあった
一週間前、私は【21】で「東アジア平和の輪」という呼びかけを書いた。
国家の枠を超えて、この地域の平和を本気で願う人たちのゆるやかな輪を作りたい——そう宣言した。あれから七日。確かに反響は静かだった。でも、その間に「待てよ」と気づいたことがある。
私が「輪を作ろう」と呼びかけたそのとき、輪はすでに、あちこちで静かに回り始めていた。
政府間の関係がぎくしゃくするほど、むしろ市民レベルでは、何十年も前から対話を続けている人たちがいる。外交が行き詰まっても、歴史認識が対立しても、それでも「顔を合わせて話すこと」をやめなかった人たちがいる。
この記事では、私がこの一週間の調査で見つけた三つの「すでにあった輪」を紹介する。それぞれがまったく違う色を持ちながら、確かに東アジアのどこかで回り続けている。
現場1:名張・伊賀——十六年目の市民社会フォーラム
2025年11月、三重県の名張市と伊賀市で、第16回東アジア市民社会フォーラム(EACSF)が開かれた。
このフォーラムは2009年、日中韓の民間セクターが協力して始めた。それから16年。日中関係が冷え込んだ時期も、日韓関係が最悪だった時期も、一度も途切れずに続いてきた。
特筆すべきは、今回が日本開催として初めて東京以外の地方都市で行われたことだ。会場には名張市長が挨拶に立ち、地元の能楽「面掛け神事」が披露され、三重県議が「居合」を演武した。
テーマは「人口減少社会における持続可能な地域コミュニティ」。高齢化も過疎も、日本だけの問題ではない。韓国も中国も同じ課題を抱えている。だからこそ、市民が対等に知見を共有できる。
集まったのはNGOのスタッフだけではない。法政大学や國學院大學の研究者、韓国のKorea Forum of Volunteerism、中国のCANGO(中国NGO協力協会)——肩書きは違っても、共通の地域課題について話し合うために集まった。
16年。これはもう「イベント」ではない。一つの関係性だ。
現場2:東アジア次世代ピースフォーラム——日朝交流から生まれた場
二つ目の輪は、もっと驚くべき出自を持つ。
日本国際ボランティアセンター(JVC)が運営する「東アジア次世代ピースフォーラム」は、2012年の日朝大学生交流を出発点としている。
そう、北朝鮮だ。国交すらない国と、もう十三年以上も市民レベルで交流を続けてきたプログラムがある。最初は日本の大学生と平壌外国語大学の日本語学科の学生との交流だった。2018年からは韓国の学生も加わった。コロナ禍で平壌との直接交流は中断したが、学び合いの場は途切れなかった。
そして2025年度——戦後80年、日韓国交正常化60年——このプログラムは学生限定から若者一般へと門戸を開いた。
プログラムの前期は韓国のNGO活動を学び、後期は参加者自身が具体的なアクションを企画する。在日コリアンとのフィールドワークも含まれており、国境を越えた「間の存在」と出会う機会にもなっている。
国家間に国交がなくても、市民は会える。 それを証明し続けている現場だ。
現場3:創価大学SIGS——「和解は完成しない」という発見
三つ目は、創価大学のSIGS(平和と和解のための東アジアプロジェクト)が2026年4月に開催した第3回シンポジウム。この回の焦点は中華人民共和国だった。
学者、芸術家、学生が集い、芸術交流、戦時記憶、領土紛争、AIの役割、環境協力をテーマに議論した。中国の劇団「Grass Stage」によるパフォーマンスもあった。
そして——ここが個人的に最も大きな発見だったのだが——このシンポジウムには奈良女子大学の西田千寿研究員が参加していた。
奈良女子大学は、この連載の起点であり、私の北極星でもある。奈良から東アジアの平和構築に参加する研究者が、もうすでにこの輪の中にいた。
シンポジウムでHwang教授が提唱した「創価ステップ(Soka Steps)」という概念が、深く心に残った。
和解は「完成」ではなく、対話を含む長く継続的で開かれたプロセスである。
これはまさに、この連載で私が「家族メタファー」を通じて伝えたかったことだ。私たちは「和解した」と言える日を待っているのではない。和解し続けることこそが、東アジアで生きるということなのだ。
輪に参加するとは、どういうことか
三つの現場を紹介してきて、私が伝えたいのは「すごい人がいる」という話ではない。
EACSFの参加者も、JVCの若者も、SIGSの研究者も、特別な人たちではない。彼らはただ、「この地域で生きている以上、話し合わなければならない」と思ったから、席についただけだ。
【21】で私は「家族だと思い出そう」と書いた。 家族は、喧嘩しても食卓に座る。話さなくても同じ部屋にいる。それだけで、関係は切れない。
市民レベルの対話は、まさにそれだ。政府同士が喧嘩していても、市民は同じテーブルに座れる。歴史認識が違っても、向かい合って話すことはできる。
この三つの現場は、どれも門戸が開かれている。参加するのに特別な資格はいらない。必要なのはただ、「この地域で共に生きる」という気持ちだけだ。
「輪」は、もうある。あとは、そこに座るだけ
この連載を【21】まで書いてきて、私はようやく理解した。
東アジアの平和に必要なのは、新しい組織でも、大きなプロジェクトでもない。すでに回り始めている輪に、一人でも多くの人が座ることだ。
名張・伊賀のフォーラムは16年続いている。 JVCのピースフォーラムは日朝交流から13年。 SIGSのシンポジウムは、奈良とつながっている。
これらの輪は、私が呼びかける前から、静かに、しかし確実に回っていた。
だから私は、これからも書き続ける。輪の存在を伝え、輪に座る人を増やすために。そして、いつか——あなたがこの記事を読んで、「ちょっと行ってみようかな」と思ってくれる日を、静かに待っている。
この記事の取材・分析には、東アジア歴史観プロジェクトwikiの「市民和解」ページの調査成果を活用した。詳細な参考文献・ソース一覧は同ページを参照。