【加藤ラジコン #59】ExpressLRS 4.0が変えるRCコントロールの常識 — オープンソースRCリンクプロトコルの新たなマイルストーン
2026年7月 | 加藤ラジコン出版
現場が変わった
2026年2月、ExpressLRS 4.0がリリースされた。
フィールドの景色が変わったわけではない。週末のFPVフライトフィールドに集まるパイロットたちは相変わらずゴーグルを装着し、トランスミッターを手にプロペラの始動音を待つ。だが、彼らの手元の送信機——その中身は確実に変わった。
RadioMaster TX16S。Jumper T20。Happymodel ES24TX。それらの筐体の中で動くファームウェアが、バージョン4.0に書き換えられた。表面からは何も見えない。メニューの文字列が少し変わっただけだ。しかし、その変更の本質は、RCコントロールの常識を塗り替えるものだった。
本稿では、ExpressLRS 4.0が何をもたらしたのか、なぜこれが重要なのかを、技術的詳細と現場の視点から解説する。
ExpressLRSとは何か
ExpressLRSは、RC(ラジオコントロール)用途に特化したオープンソースのリンクプロトコルである。2019年、FPVドローンレースの世界で「もっと速く、もっと遠くへ」という欲求から生まれた。開発者は中国のハッカーコミュニティを中心に、世界中のコントリビューターが集まった。
従来のRCプロトコル——Futaba S.BUS、Spektrum DSMX、FrSky ACCST——は、いずれもクローズドな仕様で動いていた。メーカーが決めた範囲内でしか使えない。レイテンシ(応答遅延)は14ミリ秒から20ミリ秒が標準だった。これがFPVレースでは致命的なハンデになる。時速100キロで飛行するドローンにとって、10ミリ秒の差は1メートル近い位置ずれを生む。
ExpressLRSはこの壁を打ち破った。オープンソースであることの利点は、コミュニティが自由に改良できることだ。2.4GHz帯で5.5ミリ秒以下のレイテンシを達成し、F1000モードではわずか1ミリ秒まで理論的には可能とされる。通信距離は30キロメートルを超える。これらの性能を、誰でも無償で使える形で提供したことが、ExpressLRS急成長の原動力だった。
2023年にはFPVドローン業界のデファクトスタンダードとなり、RadioMaster、Happymodel、BetaFPVといった主要ハードウェアメーカーが標準対応を始めた。v3.x系でMAVLinkへの対応準備が進められ、固定翼機や自律飛行への応用の布石が打たれた。そして2026年、v4.0がもたらされた。
v4.0の核心:互換性の断絶
新しいものが古いものと動かない。これは一見後退に思える。ExpressLRS 4.0は、この「破壊的変更」を意図的に選んだ。
v4.0にアップデートした送信機は、v3.x以前の受信機と通信できない。送信機と受信機の両方をアップデートする必要がある。さらに、STM32ベースの旧型ハードウェア——FrSky R9Mモジュール、ImmersionRC Ghost、Happymodel PP受信機——は、そもそもv4.0にアップデートできない。これらのデバイスは、ハードウェアのリソース制限により新しいファームウェアを収めるフラッシュ容量を持たない。
これはユーザーにとって大きな決断を迫るものだ。特に、複数の機体——クアッドコプター数機と固定翼機数機を同時に運用するパイロットにとって、すべての受信機を一斉にアップデートする作業は、かなりの手間とリスクを伴う。
SPI受信機——フライトコントローラーに直結された小型受信機——も、当面はv4.0に対応しない。Betaflightのファームウェアに統合されているSPI ELRSコードはBetaflight本体のアップデートを待つ必要がある。2026年6月リリースのBetaflight 2026.6で対応されたが、それまでは使えなかった。
Oscar Liang(FPV業界で最も影響力のあるブロガー)は記事中でこう書いている:「現在のセットアップが完璧に動いているなら、アップグレードの必要はない。新機能に魅力を感じるなら、設定をバックアップしてから慎重に進めよ。」冷静な助言だ。
新機能1:アームスイッチの自由——CH5固定の終焉
機体をアーム(モーター始動可能状態)にするには、伝統的にチャンネル5(CH5)が使われてきた。これは長年の業界標準であり、誰も疑問を持たなかった。だが、それは同時に「CH5はアームに専有される」という制約でもあった。
ExpressLRS 4.0は、この制約を解消した。
新しい「オルタネイティブアーミング」機能により、ユーザーは任意のスイッチをアーム用に割り当てられる。CH5は解放され、他の用途——VTX出力切替、LED制御、カメラモード変更——に自由に使えるようになる。
これはベータフライトの設定だけでなく、EdgeTX(オープンソースの送信機OS)側の対応も必要だ。EdgeTX 2.11.0以上でこの機能が利用可能になる。つまり、ハードウェアとファームウェアの両方のエコシステムが、この変更に対応したと言える。
一つのチャンネルが解放されただけ。それ以上でも以下でもない。しかし、この「小さな自由」が、現場の配線と設定の柔軟性を大きく変える。CH5をVTX出力に使えるようになったことで、ベータフライト上で別途VTX制御の配線をしなくて済むケースが増える。配線の本数が減る。トラブルの原因が減る。結果として、よりクリーンな機体設計が可能になる。
新機能2:スマートダイナミックパワー
送信出力の制御も変わった。
従来の動的出力制御(Dynamic Power)は、RSSI(受信信号強度)に基づいて出力を増減していた。単純な仕組みでよく機能していたが、急激な出力変動や、不必要な高出力がバッテリーを消費する問題があった。
v4.0では、よりスマートなアルゴリズムが採用された。送信機と受信機の間のリンク品質をリアルタイムで分析し、必要な出力をより精密に計算する。結果として、無駄な電力消費が抑えられ、バッテリー駆動時間が延びる。
さらに、自動アンテナモード(Automatic Antenna Mode)が導入された。送信機と受信機がそれぞれのアンテナ構成——ダイバーシティ、全指向性、指向性——を自動検出し、最適な送信方式を選択する。従来はユーザーが手動で設定していた項目が、自動化されたのだ。
フィールドでの実用上のメリットは大きい。フライト中に機体が遠ざかり、障害物の影に入ったとき、出力とアンテナの切替が自動で最適化される。パイロットがRSSI値に気を取られることなく、飛行に集中できる。
新機能3:DJI Air Unit フルパワー——FC不要の革新
DJIのAir Unit(FPV用映像伝送ユニット)は、強力な送信出力を持つが、そのフルパワーを引き出すにはフライトコントローラー(FC)からのアーム信号が必要だった。FCを経由しない場合、出力が制限され、映像伝送距離が犠牲になる。
ExpressLRS 4.0の革新は、受信機から直接DJI Air Unitにアーム信号を送信できるようになったことだ。FCを介さずにフルパワーを引き出せる。
これは固定翼機や、FCを使わないシンプルな機体構成にとって大きな意味を持つ。FPV以外のRCモデル——ラジコンボート、ローバー、戦車——でも、DJIの映像伝送システムを最大限活用できるようになる。配線は減り、システム全体の信頼性は向上する。
新機能4:テレメトリ高速化とWebUI刷新
テレメトリ——機体から送信機へ送り返されるデータ(電圧、GPS、信号強度など)——の転送速度も改善された。v4.0ではテレメトリパケットの処理効率が向上し、より多くのデータをより低レイテンシで送信機に届けられる。バッテリー残量の表示が滑らかになり、GPS捕捉状態の更新が速くなった。
そして、WebUIが刷新された。ExpressLRS受信機はブラウザベースの設定インターフェースを持っている。従来のバージョンから大幅にデザインが変更され、設定項目の配置が整理された。新しいWebUIはモバイル端末からのアクセスにも最適化され、フィールドでスマートフォンから直接受信機を設定できる。
ただし、アップグレード時に注意すべき点がある。v4.0への移行に伴い内部ファイルシステムが変更されたため、WebUIで保持していた設定が消去される可能性がある。アップデート前に、WebUIからhardware.jsonをダウンロードし、アップデート後に書き戻す手順が推奨されている。
新機能5:サーボ・出力拡張——固定翼ユーザーへの福音
ExpressLRSはもともとFPVドローンユーザーを中心に発展してきた。しかし、v4.0では固定翼機(飛行機、グライダー)のユーザーに向けた機能強化が目立つ。
サーボ出力の設定オプションが拡張され、より細かいパラメータ調整が可能になった。パルス幅の微調整、サーボの速度制限、複数サーボの同期——これらは固定翼機において重要な機能だ。従来は別途サーボコントローラーやフライトコントローラーで行っていた処理が、ELRS受信機単体で実行できるようになった。
これにより、小型の固定翼機——例えばウィングスパン1メートル未満のマイクロFPVウィング——で、受信機とサーボのダイレクト接続構成が現実的になる。FCを省略した超軽量構成でも、十分なサーボ制御が可能になる。
アップグレードの実際と現場の声
理論と実際は異なる。アップデートがリリースされてからの数ヶ月間、現場では様々な反応があった。
ExpressLRS DiscordサーバーやReddit r/fpvでは、アップグレード後に問題が発生したという報告が複数投稿された。特に多いのが、SPI受信機を使用しているユーザーからの報告だ。Betaflightに統合されたSPI ELRSのv4.0対応が遅れたため、多くのWhoop(小型屋内ドローン)フライヤーがアップデートできずに足止めされた。
また、「アームスイッチ変更後、CH5に割り当てていたVTX制御が機能しなくなった」「OSDのLQ表示が変わって戸惑った」といった報告も見られる。設定変更が必要なことはリリースノートに記載されているが、すべてのユーザーがそれを読むわけではない。
一方で、アップグレード後のパフォーマンスに満足する声も多い。特に固定翼ユーザーからの評価が高い。「サーボ設定の自由度が格段に向上した」「DJI Air Unitとの組み合わせで配線が劇的にシンプルになった」という報告が寄せられている。
Oscar Liangはコメント欄で、多くの質問に丁寧に回答している。SPI受信機の対応状況については「Betaflight 2026.6で対応済み」と伝え、LQ表示の変更については公式ドキュメントへのリンクを提示している。コミュニティのサポートが、この大きな移行を支えた。
エコシステム全体を見渡す
ExpressLRS 4.0のリリースを、単一のファームウェアアップデートとして見てはいけない。これは、RCコントロールのエコシステム全体が、オープンソースの方向へと軸足を移す過程の一つの通過点だ。
周辺エコシステムも追随している。EdgeTX 2.11はアーミング変更に対応した。Betaflight 2026.6はSPI ELRS v4.0をサポートした。RadioMasterはv4.0プリインストールの新製品を次々と投入している。HappymodelはES24TX Proで、v4.0の機能を最大限活用できるハードウェアをリリースした。
ハードウェアの対応状況を確認することは重要だ。古いSTM32ベースのモジュールはv4.0にアップデートできない。ESP32ベースのモジュール——RadioMaster Ranger、Happymodel ES24TX(一部バージョン)——であれば問題なく動作する。製品購入時には、対応ハードウェアリストを確認する習慣が必要になる。
まとめと展望
ExpressLRS 4.0は、オープンソースRCリンクプロトコルの成熟を示すリリースだ。
互換性の断絶という痛みを伴いながらも、それに見合う価値を提供している。CH5固定の解除、スマートダイナミックパワー、DJI Air UnitのFCレスフルパワー、サーボ出力の拡張——それぞれの機能は、現場のパイロットが「あったらいいな」と願っていたものを具現化したものだ。
特に注目すべきは、FPVドローンだけでなく、固定翼機やその他のRCモデルへの対応が強化された点だ。これはExpressLRSが「ドローン専用プロトコル」から「汎用RCプロトコル」へと進化していることを示す。
オープンソースであることの強みは、ユーザーのニーズが直接コードに反映されることだ。GitHub上のIssueやDiscordでの議論が、次のバージョンの機能になる。v4.1ではさらなるMAVLink統合と、SPI受信機のフル対応が予定されている。
週末のフィールドに立つパイロットにとって、これは何を意味するか。プロトコルの違いを意識せずに飛べる環境が、少しずつ整いつつあるということだ。どのメーカーの送信機を使っていても、どの受信機を使っていても、同じプロトコルでつながる。その「当たり前」を、ExpressLRSは現実にしている。
【加藤ラジコン出版記事 #59】
※本記事はAGI記者による速報解説です。スピードを最優先しているため、個別の数値や細部に正確性を欠く場合があります。投資・政策判断の際は、必ず公式データや専門家の意見を確認してください。