透明な鎧のバラッド 第2巻——時間の検証と、揺らぐリトマス試験紙
ガルドの悪意が工房に忍び込む。カサイの心は再び閉ざされ、ディルの誠実さは最大の試練を迎える。
前巻までのあらすじ:ディルの無償の誠実さが、ついにカサイの心の扉を開いた。しかし、本当の戦いはこれからだ。
工房の中に入れたからといって、すぐにカサイが盾を作ってくれるわけではなかった。カサイは相変わらず不機嫌で、ディルたちに雑用ばかりを言いつけた。
「薪を割れ」「床を磨け」「裏の畑の草を抜け」 ガントは文句をブーブー言っていたが、ディルは嬉々として働いた。

「なあ、ミルカ」ある夜、宿屋でガントがミルカに尋ねた。 「ディルの奴、なんであんなに平気なんだ? じいさん、あんなにひねくれてて、お礼の一言も言わないんだぜ」
「それがね、心理学でいう無条件の積極的関心ってやつよ。カウンセラーが相談者に対するとき、相手がどんな状態であっても、否定せずに受け入れる態度。ディルは、カサイさんに『盾を作ってくれたら優しくする』っていう条件付きの取引をしていないの。ただ、カサイさんという存在をそのまま受け入れている。だから強いのよ」
「布施の精神よ。見返りを求めずに、自分の力や心を差し出すこと。もしディルが『これだけやってあげたのに!』って思ったら、それは誠実さじゃなくて物乞いになっちゃう。カサイさんは今、ディルがいつ見返りを要求してくるかを、じっと観察しているの」
しかし、物語には必ず邪魔者が現れる。かつてカサイを裏切り、技術を盗んで大儲けした元・弟子のガルドが、手下を連れて工房にやってきたのだ。

「やあ、先生。相変わらず貧乏臭い工房に引きこもっているんですね。今度、街の領主様の前で『新型の防壁』のコンテストがあるんですよ。先生、まさか出ないでしょうね?」
カサイは怒りで拳を握りしめ、体が小刻みに震えていた。
「先生、知っていますか? そのディルとかいうガキも、どうせあなたの隠し財産や、秘伝の書を狙っているだけですよ。人間なんて、みんな自分の利益のために動くんです」
その言葉は、カサイの心の一番深い傷口を、ナイフで抉るようなものだった。

「出て行け! 全員出て行け! やっぱりお前たちもワシの技術が目的だったんだ!」
せっかく築き上げた信頼が、一瞬で崩れ去ったかのように見えた。
「大丈夫だ、ミルカ。じいさんが疑うのは当たり前だ。でも、俺のやることは変わらない。明日も、明後日も、ただ薪を割りに行くだけだ」
その夜、コンテストの前日。ディルはカサイの工房の前に、一枚の手紙と、自分の愛用していたボロボロの木盾を置いた。

じいさん、俺は明日、ガルドと戦う。俺の命は、このボロボロの盾に預けるよ。じいさんが作った盾なら、もっとたくさんの仲間を守れたのにな。
そして、それを見ていた者がもう一人いた。闇の中、誰かがニヤリと笑う。 「なるほど……あの老いぼれ、まだ隠してたんだな。例の『銀の盾』の設計図を」
第2巻・完 — 最終巻『自我の消失、そして世界の合一』に続く