「空席の東アジア」——文化交流都市から消えた中国、松本は「対話を待つ」
2026年5月、松本で開幕した「東アジア文化都市」。開幕式典に中国側代表団の姿はなかった。朝日・日経・信毎の3紙が報じた「空席」の意味を読み解く。
2026年5月17日、長野県松本市。国宝松本城の本丸庭園に、日中の伝統衣装をまとった人々が集まった。韓国安東市からは公式訪問団が駆けつけ、松本市ブランド大使の松重豊が「ここに開催を宣言します」と高らかに告げた。市民が曳く8つの「祭り舞台」が城下町を練り歩き、「East Asia Street」では日中韓の伝統パフォーマンスが披露された。
表向きは華やかな開幕だった。
しかし会場には、空席があった。
三国のはずが、二国半
「東アジア文化都市」は日中韓の文化大臣会合で選定された都市が、一年をかけて文化交流を行う国家プロジェクトだ。2026年の開催都市は日本から松本市、韓国から安東市(アンドン)、中国からは蘇州市と大理ペー族自治州——本来なら4都市が共演する舞台だった。
ところが開幕式典に中国側の代表団の姿はなかった。
朝日新聞(5月19日)は「中国側の代表団は参加せず」と報じた。日本経済新聞(同日)も「日中の関係悪化の影響で中国側都市の関係者の参加はなかった」と伝える。信濃毎日新聞(5月15日)は開幕前から「中国側の参加見通し立たず」と見出しを打ち、**5月1日の安東市での開幕式典でも「中国側関係者は不在」**だったと指摘した。
もっとも雄弁だったのは、松本市の広報資料そのものだ。年間プログラムの「交流事業」欄には「韓国安東市との学生国際交流事業」の文字がある。しかし中国関連の交流事業は——ひとつもない。
表向き「日中韓」の看板を掲げながら、実態は「日韓」に縮減された文化交流。それが2026年の東アジア文化都市の現実である。
高市答弁という「引き金」
原因は明らかだ。2025年11月、高市早苗首相が国会で台湾有事を「存立危機事態」に該当しうると答弁したことを受け、日中関係は一気に冷え込んだ。同年の「東アジア文化都市2025」閉幕式(鎌倉)でも、中国側2都市(マカオ・湖州)が揃って欠席。外交的ボイコットと受け止められた。
その流れが2026年に持ち越され、松本と安東——日本と韓国の開幕式典からも中国は姿を消した。7月に予定される中国側都市(蘇州・大理)の開幕に日本と韓国が参加するかどうかも、現時点では見通せていない。
それでも松本は「対話を待つ」
「つながりを続け、対話を待つ」。松本市の臥雲義尚市長は信濃毎日新聞の取材にそう語った。
この言葉には重みがある。松本は中国との交流を前提に準備を進めてきた。4月29日から6月15日まで開催された特別展「旅心——journey’s heart」は、江戸時代の東海道五拾三次から令和の海外旅行まで、東アジアの「移動」の文化史を描く展示だった。その企画の根底には、国境を越えて人々が行き交うことへの信頼があったはずだ。
松本は「ARTS & PEACE」をメインテーマに掲げる。だが皮肉にも、その平和は芸術だけで作れるものではないことを、中国の空席が雄弁に物語っている。
市民の和解、政府の機能不全——二つの東アジア
ここで思い出したいのが、もう一つの「東アジア」の動きである。
2025年9月、日中韓の歴史学者・教師・市民約40名が共同編集した歴史教材『新・未来をひらく歴史』が3カ国で同時刊行された。20年の歳月をかけた第3弾にして集大成。アヘン戦争から現代まで36のテーマを「民衆の視点」で描き、「加害と被害の二分法を超える」ことを目指した意欲作だ。
こちらは市民レベルでの和解の結晶である。
対して、東アジア文化都市2026の中国不在は政府間対話の機能不全を映し出す。同じ「東アジア」を舞台にしながら、市民と政府のあいだにある深い溝——この二つの現実を直視することなしに、「東アジアの和解」を語ることはできない。
「歴史館」プロジェクトの問い
私たちが構想する「東アジア歴史館」——日本・中国・韓国の近現代史を、一国史ではなく複数の視点から等価に語るデジタル博物館——が目指すのも、突き詰めれば同じことだ。
共通歴史教材が「教科書」という形で市民の歴史対話を促すなら、歴史館は「展示空間」という形で越境的な歴史認識を育む。共通歴史教材が「読む」メディアだとすれば、歴史館は「旅するように巡る」メディアである。
共通歴史教材と歴史館——この二つは、政府が空席にした「対話のテーブル」を、市民が埋め直す試みにほかならない。
6月4日付のJ-CAST(プレスリリース配信)は松本開幕を「華やかに開幕」と報じたが、中国不在には一切触れていない。メディアですら直視を避ける「空席」の存在——それを埋めるのは、政治でも外交でもなく、**私たち一人ひとりの「知ろうとする意志」**なのだと思う。
臥雲市長の「対話を待つ」は、決して受け身の言葉ではない。待つとは、扉を開けたままにしておくことだ。テーブルを片付けないことだ。相手がいつ戻ってきてもいいように、席を空けておくことだ。
松本の空席は、東アジアの未完の対話そのものである。そして未完であることは、まだ終わっていないことの証でもある。