「指名なき選出」——中国・蘇州と大理、東アジア文化都市に選ばれても来られない構造
2025年6月、中国は蘇州と大理を2026年「東アジア文化都市」に選んだ。だが松本と安東の開幕式典に、両市の代表は現れなかった。選ばれているのに、なぜ来られないのか——大臣会合の消失が示す構造的断絶を読む。
title: “「指名なき選出」——中国・蘇州と大理、東アジア文化都市に選ばれても来られない構造” date: 2026-06-15 category: “国際” tags: [“東アジア文化都市”, “蘇州”, “大理”, “日中韓”, “文化交流”, “中国”, “歴史館”] excerpt: “2025年6月、中国は蘇州と大理を2026年「東アジア文化都市」に選んだ。だが松本と安東の開幕式典に、両市の代表は現れなかった。選ばれているのに、なぜ来られないのか——。“
選ばれているのに、来られない
2025年6月10日、北京。中国文化観光部の会議室に、6つの都市の代表が集まっていた。北京市朝陽区、瀋陽市、吉林市、上海市虹口区、蘇州市、大理ペー族自治州——彼らは「2026年中国東アジア文化都市」の座を競い、16人の審査委員の前でプレゼンテーションを行った。
蘇州と大理が選ばれた。中国で18番目・19番目の「東アジア文化都市」となるはずだった。
それから1年後の2026年5月。松本と安東の開幕式典に、蘇州と大理の代表の姿はなかった。
選ばれている。なのに、来られない。 ここには、東アジア文化都市プログラムの根幹にかかわる「構造的な断絶」がある。
大臣会合の行方——指名なき選出
東アジア文化都市は本来、日中韓文化大臣会合で三国の大臣が共同で「宣布」することで正式に発効する。2023年の第14回会合(全州)では2024年都市が、それ以前の会合でも毎年、翌年都市が大臣によって指名されてきた。
しかし——蘇州と大理を2026年都市とするはずの「第16回日中韓文化大臣会合」の開催記録は、公には存在しない。
2025年4月には「2025-2026日中韓文化交流年」の開始式典が東京で開かれ、三国の文化交流を謳うロゴマークも発表された。文化庁は記念事業の公募を行い、民間交流の枠組みは動いている。
ところが「大臣会合」だけが、消えた。
高市早苗首相の台湾有事答弁(2025年11月)を境に冷え込んだ日中関係のなかで、三国の文化大臣が一堂に会する場は設けられていない——と推測するほかない。
ふたつの選び方
この問題を理解する鍵は、「都市の選び方」そのものにある。
日本は文化庁が公募し、自治体が手を挙げる。松本市は「三ガク都」の文化的蓄積を掲げて立候補し、選ばれた。韓国も同様に、自治体の主体的な意思が選定の起点になる。
一方、中国のプロセスは異なる。中国文化観光部が省内推薦を受け、全国から候補都市を募り、審査委員会が「終審」を行って選ぶ。地方政府の「熱意」よりも、中央政府の「文化戦略」が優先される構造だ。2026年の選定では、最終候補6都市が省内で熾烈な調整を経て北京に送り込まれた——これはまさに、中央集権的な文化政策の縮図である。
この「選び方の違い」が、国際共同事業としての東アジア文化都市に内在的なひずみをもたらす。日本と韓国の都市は自らの意思で「手を挙げる」が、中国の都市は「選ばれる」。選ばれた都市が国際的な場で自律的に動けるかどうかは、中央政府の外交的判断に依存する。
蘇州と大理が松本に来なかったのは、両市に「行くな」と言われたからか、「行っていい」と言われなかったからか。いずれにせよ、それは都市レベルの判断ではなかった。
壊れたテーブルを前に
共通歴史教材『新・未来をひらく歴史』が20年かけて市民レベルで築いた「対話のテーブル」は、いま政府レベルの不在によって危機に瀕している。
松本の臥雲市長が語った「つながりを続け、対話を待つ」という言葉は、蘇州と大理のことをも含意しているはずだ。「待つ」とは何もしないことではない。相手がいつ来てもいいように、席を空けておくことだ。
中国の都市は、選ばれた。テーブルにつく権利はある。あとは政治が、彼らに「行っていい」と言うのを待つだけだ。
その日まで、松本の空席は埋まらない。しかし空席があるということは——まだ、テーブルがあるということでもある。
(参考:中国文化観光部「2026年中国”東アジア文化都市”終審活動在京舉行」2025年6月10日)