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東アジア史 ·

【18】在日コリアン——「家族のなかの他人」——兄弟メタファーが突きつける逆説

長男の家に、次男の血を引く人たちが暮らしている。この連載の「家族メタファー」がずっと見ないふりをしてきた逆説——在日コリアンの存在に正面から向き合う。兄弟メタファーが突きつける最大の問い。創作大賞2026エッセイ部門応募作品。

【18】在日コリアン——「家族のなかの他人」——兄弟メタファーが突きつける逆説

【18】在日コリアン——「家族のなかの他人」——兄弟メタファーが突きつける逆説

結論:「兄弟」のあいだに、もうひとりの「家族」がいる

この連載では一貫して、東アジアの国々を「家族」にたとえてきた。日本は長男、中国は父、韓国は次男、北朝鮮は末っ子、台湾はいとこ——それぞれの関係を家族の力学で読み解くと、歴史の縺れが驚くほどクリアに見える。

だけど、この見立てには最初から、ひとつだけ隠してきた事実がある。

長男の家に、次男の血を引く人たちが暮らしている。そして長男は、いまだに彼らを「家族」とは認めていない。

在日コリアン——約45万人の特別永住者とその家族、そして日本に帰化した人々を含めれば100万人に近い。日本で生まれ、日本の学校に通い、日本語を母語としながら、「日本人ではない」という理由で日常的に排除されてきた人たちだ。

学習ジョブが2025年に発見した二つの調査は、この現実の「いま」を克明に描き出している。ヘイトスピーチ規制法から9年が経った今も、在日コリアンに対する排除は続いている。しかもその形が変わった——表立った暴力から、見えにくいマイクロアグレッションへ。

この記事では、この連載の「家族メタファー」がずっと見ないふりをしてきた逆説——在日コリアンの存在——に正面から向き合う。


在日コリアンとは誰か——「1945年8月15日」から始まった長い滞在

まず、最低限の事実だけ確認しておく。

在日コリアンのほとんどは、1910年の韓国併合から1945年の終戦までのあいだに、日本に渡ってきた朝鮮半島出身者とその子孫だ。戦時中の労働力として強制的に動員された人、生活のために自ら仕事を求めて渡ってきた人——理由は人それぞれだった。

1945年8月15日、日本は敗戦した。朝鮮半島は「解放」された。在日コリアンにとっては、帰るべき時が来たはずだった。

しかし多くの人は帰らなかった。すでに日本に生活の基盤があり、子供は日本の学校に通っていた。そして何より、故郷は南北に分断されつつあった。帰る場所が「ひとつ」ではなかったのだ。

1952年、サンフランシスコ講和条約の発効によって、彼らは法的に「日本国籍を失った」。日本で生まれ育ち、日本語しか話せない人たちが、ある日突然、この社会の「外国人」になったのだ。この衝撃は想像以上に大きかった——「自分は日本人だ」と思って生きてきた人が、書類一枚で「日本にいる朝鮮人」にされたのだから。

1965年の日韓国交正常化で、在日韓国人の法的地位は「特別永住者」として一応の整理を見た。しかし「整理を見た」という表現がすでにミスリーディングだ。実際には、日本政府は彼らを「日本社会の一員」として受け入れたのではなく、「いずれ帰るべき存在」として仮の地位を与えたにすぎない。

それからまた60年。帰らなかった。帰れなかった。そして今も、彼らはここにいる。

💡 家族で言うと:

長男(日本)の家に、次男(韓国)が自分の子供たちを預けたまま、引き取らずに60年が経った。その子供たちは長男の家で生まれ育ち、言葉も習慣も考え方も「長男の家のもの」になった。しかし長男は彼らを「うちの子」とは呼ばない。「お前はあっちの家の子だ」と言い続けている。それどころか時々、「お前はあっちの家の人間だから」という理由で、いやなことを言う——仕事の面接で名字を見た相手の表情が変わる。アパートの契約が急に難しくなる。「どこの国の人?」と聞かれるたびに、説明しなければならない。

これが、在日コリアンが生きる現実だ。


2025年の現実——ヘイトスピーチは減った。でも、別の形で

2025年、学習ジョブが発見した二つの資料は、在日コリアンの現状を2025年という時点から照らし出す。

一つは朝日新聞(2025年7月)の特集。もう一つはヒューライツ大阪(アジア・太平洋人権情報センター、2025年5月)の学術調査だ。

両者が共通して指摘するのは、「排外主義の質的変化」である。

2016年にヘイトスピーチ規制法ができてから、街頭での過激な排外デモは確かに減った。明らかな「在日韓国人を殺せ」といった類の言葉は、表に現れにくくなった。

しかし——と、朝日新聞が報じる在日コリアン当事者の声は言う。

「昔のヘイトは『出ていけ』だった。わかりやすかった。でも最近は違う。『なぜ日本社会に溶け込めないんだ』『お前らが特別扱いを求めるからだ』——論理の立て方が変わった。自分たちが加害者であるという自覚すらない。『日本社会を守っている』という感覚で排除する。これに対抗するのは、昔よりずっと難しい」

ヒューライツ大阪の調査は、この「見えにくくなった排除」をデータで可視化する。就職活動での「その名字だとウチは…」という遠回しな拒否。賃貸契約での「外国人はお断り」ではないが、「審査に通らないかもしれない」と言われた経験。役所の窓口での「通訳が必要ですか?」という、親切に見えて「あなたは日本人じゃないですね」と言わんばかりの一言。

そういう「小さな排除」の累積が、心理的にも社会的にも、人を確実に追い詰める。マイクロアグレッションは、ひとつひとつは「大したことない」ように見える。しかしそれが毎日、何年も続くと、人の自己肯定感は削られていく。自分の存在が「この社会の標準」から外れているという感覚が、無意識のうちに根を張る。


日韓関係と在日の奇妙なリンク

ここで気づくべきことがある。

在日コリアンに対する排除は、日韓の国家関係と奇妙に連動しているのだ。

日韓関係が悪化すると——たとえば竹島問題や歴史教科書問題が再燃すると——在日コリアンへのヘイトが目に見えて増える。「あっちの国が悪いことをするのは、お前らがいるからだ」という論理だ。まるで、長男の家にいる次男の子供が、「お前の実家のせいでこっちは迷惑してる」と責められるようなものだ。本人は日本で生まれ育ち、韓国語すら話せないかもしれないのに。

一方で、日韓関係が改善しても——2025年8月の首脳会談や第33回日韓フォーラムの共同声明のような「政府レベルの和解」が進んでも——在日コリアンに対するマイクロアグレッションは減らない。

これが重要な発見だ。

国家間の和解と、日常的な排除は、別のレイヤーで動いている。

「日韓はもっと仲良くすべきだ」という政府間の合意と、「うちのマンションに在日の人はちょっと」という個人レベルの感覚は、同じルールで動いていない。上辺の外交がどんなに進んでも、一人ひとりの意識が変わらなければ、在日コリアンの日常は変わらない。逆もまた真なりで、いくら市民レベルの交流が進んでも、国家間の制度的な問題が解決しなければ、在日コリアンの法的不安定さは続く。

💡 家族で言うと:

長男(日本)と次男(韓国)が大喧嘩しているときは、長男は家にいる次男の子供に「お前の実家が悪い」と八つ当たりする。でも喧嘩が終わって、長男と次男が「もう仲直りしよう」と言い合っても、長男は家にいる次男の子供に対する態度を変えない。喧嘩している時も、仲直りした後も、「お前はあっちの家の人間だ」という距離感だけは、いつも変わらない。


「兄弟」メタファーの限界——でも、だからこそ

ここで、率直に認めなければならない。

この連載の「東アジアは家族だった」というメタファーには、明らかな限界がある。在日コリアンの経験は、その限界を三つの水準で突き破る。

ひとつ目——「家の中の排除」を扱えない。

国家間の喧嘩は、対等な主体のあいだの「言い争い」だ。しかし、在日コリアンが経験する差別は、個人を「属性」で排除する「構造的暴力」であり、質が違う。「兄弟げんか」のたとえで説明できる対立と、説明できない差別がある。

💡 家族で言うと:

兄弟げんかというのは、対等な立場の二人が激しく言い争うことだ。でも、長男の家に住む次男の子供が、毎日「お前はうちの者ではない」という視線にさらされているとしたら?それは「兄弟げんか」ではない。「家制度による排除」だ。この二つを同じ「家族の問題」と括ることの暴力性に、私たちは自覚的でなければならない。

ふたつ目——「境界を生きる人」の視点がない。

家族メタファーは「あなたは長男」「あなたは次男」と役割を固定する。しかし在日コリアンは、日本でも韓国でも「完全なメンバー」ではない。国籍と生活とアイデンティティが一致しない。この「境界」の視点は、メタファーの枠組みそのものを相対化する。

みっつ目——コミュニティ内部の多様性。

在日コミュニティは一枚岩ではない。韓国系と北朝鮮系(総聯系)とでは、歴史認識も政治的立場も異なる。2025年に刊行されたコロンビア大学出版の A Nation Within は、特に北朝鮮系在日の視点を掘り下げる。彼らにとって韓国と北朝鮮という「二つの故郷」のあいだで、アイデンティティは分裂している。「兄弟」のたとえ以前に、「どちらの兄弟なのか」ということ自体が複雑なのだ。

では、メタファーを捨てるべきか?

いや。むしろ逆だ。

在日コリアンの存在がメタファーの限界を示すなら、それはメタファーを捨てる理由ではなく、もっと深いメタファーに育てるチャンスだ。

「家族」という枠組みは、扱いづらい存在——排除、差別、境界——を含み込んでこそ、本当の力を発揮する。完璧な調和を描く家族像はファンタジーだ。リアルな家族には、確執があり、格差があり、認めたくない現実がある。それでも「家族だ」と言い続けることに意味がある——それは現状の肯定ではなく、そうあるべき関係への約束だからだ。


それでも——「家族」を取り戻すとはどういうことか

ここまで読んで、あなたはこう思うかもしれない。

「在日コリアンの存在はメタファーの限界を示してるのに、それでも『家族』と言い続けるのは、矛盾してないか?」

たぶん、その通りだ。完全には説明しきれない。

でも、歴史認識の問題は、いつもそうだ。どの国のナラティブも、完璧ではありえない。どのメタファーも、何かを捨象することで成り立っている。問題は「完璧なメタファーがあるか」ではなく、「不完全さを自覚した上で、それでも対話を続けられるか」だ。

在日コリアンの視点が私たちに教えてくれるのは、「兄弟」という関係を回復するには、国家間の歴史認識の調整だけでは足りない、ということだ。同じ社会のなかで「よそ者扱い」されている人たちがいるなら、その現実にも向き合わなければならない。さもなければ、政府同士がどんなに「和解」を宣言しても、それは空手形に終わる。


この記事を読んだあとに——「兄弟」のあいだで

この連載は、「日本・中国・韓国・北朝鮮は兄弟だった」というテーマで書いてきた。でも、その「兄弟」のあいだに、国家をまたいで生きる人たちがいることを、忘れてはいけない。

彼らの視点は、ときに連載のテーゼに反論し、ときにそれを補強する。でもどちらにせよ、彼らの声なしに「東アジアの家族」を語ることはできない——なぜなら、本当の家族とは、都合の悪い現実も含めて受け止めることだからだ。

次にこのプロジェクトで書きたいのは、市民レベルの和解についてだ。国家間の外交が行き詰まっても、市民同士の交流が続いている現場がある。日韓の市民フォーラムや文化交流——そうした「小さな和解」の積み重ねが、長い目で見れば「家族」を再建するのかもしれない。

アジアで一番小さくて一番大きい問い——「私たちは本当に家族になれるのか」の答えは、国家間の条約のなかではなく、長男の家に住む次男の子孫たちとの、何気ない日常のなかに、ひっそりと隠れている。